とひゃら とひゃら とんとん
とひゃら とひゃら とんととん
遠くで祭囃子が聞こえる。私の眼前で、一頭の獅子が舞っていた。前後二人の人間が演ずるスタイルである。祭行列の本体はもう遠くに行ったはずだから、目の前で踊ってるこいつは、群れからはぐれた野良獅子なんだなと、益体もない考えが御神酒で酔った頭に浮かんできた。観客は私一人きりだが、それを別段気にした風もない。足取りはあくまで雄壮で、何とも律儀な舞手だなと思った。
とひゃら とひゃら とんとん
とひゃら とひゃら とんととん
遠くの囃子にあわせて軽快に四足が動く。
かっ、かっ、と獅子の顎が音を立てる。そう言えば、獅子に頭を噛んでもらうと、賢くなるという話が無かったか。そうならば有りがたい。常々自分の頭の悪さにはうんざりしていたところだ。
「ちょっくら噛んでくれや」
そう声をかけ、頭を傾けるようにして差し出す。なに、酔った上での座興だ。獅子も私の意を汲み、大きく口を開けて近づいてくる。正面から、がっきと顎に挟まれた。
斜めに傾いだ視界の先に広がるのは、獅子頭内部の闇。ふと「どれ、この律儀な舞手の顔でも拝んでやろうかい」と思い、その闇に眼をこらしてみた。生憎、何も見えなかったが、なにやら獣めいた息づかいと、生臭い吐息を感じる。途端に薄気味悪くなって、頭を抜こうとしたが、がっちりと顎で挟まれていたのでは、それも叶わない。不自然な格好で闇と対峙することしばし、
「おイ、こイつじャないゾ」片言でそう聞こえたかと思うと、不意に私の頭が束縛から解き放たれた。呆然とする私を、しばし見つめた後、その得体の知れない獅子は
とひゃら とひゃら とんとん
とひゃら とひゃら とんととん
どこかへ去っていってしまった。



