週刊てのひら怪談

2007年2月、字数制限800字の文学賞「ビーケーワン怪談大賞」から生まれた作品集が『てのひら怪談』として発売され、たちまち話題となり、その夏に開催された第5回の同賞は、質量ともに前年までを大きく上まわる活況を呈した。
2007年12月、第5回の応募作663編の中から選りすぐられた作品が、『てのひら怪談2』として早くも発売された。ここでは、その『てのひら怪談2』収録作家たちが新たに書き下ろした渾身の一作を、週替わりで2編ずつお送りしていきます。
800字怪談の精鋭が腕を競う『対の妖(ついのあやかし)』の諸相を、ご堪能ください!

野良獅子

  とひゃら とひゃら とんとん
  とひゃら とひゃら とんととん
 遠くで祭囃子が聞こえる。私の眼前で、一頭の獅子が舞っていた。前後二人の人間が演ずるスタイルである。祭行列の本体はもう遠くに行ったはずだから、目の前で踊ってるこいつは、群れからはぐれた野良獅子なんだなと、益体もない考えが御神酒で酔った頭に浮かんできた。観客は私一人きりだが、それを別段気にした風もない。足取りはあくまで雄壮で、何とも律儀な舞手だなと思った。
  とひゃら とひゃら とんとん
  とひゃら とひゃら とんととん
 遠くの囃子にあわせて軽快に四足が動く。
 かっ、かっ、と獅子の顎が音を立てる。そう言えば、獅子に頭を噛んでもらうと、賢くなるという話が無かったか。そうならば有りがたい。常々自分の頭の悪さにはうんざりしていたところだ。
 「ちょっくら噛んでくれや」
 そう声をかけ、頭を傾けるようにして差し出す。なに、酔った上での座興だ。獅子も私の意を汲み、大きく口を開けて近づいてくる。正面から、がっきと顎に挟まれた。
 斜めに傾いだ視界の先に広がるのは、獅子頭内部の闇。ふと「どれ、この律儀な舞手の顔でも拝んでやろうかい」と思い、その闇に眼をこらしてみた。生憎、何も見えなかったが、なにやら獣めいた息づかいと、生臭い吐息を感じる。途端に薄気味悪くなって、頭を抜こうとしたが、がっちりと顎で挟まれていたのでは、それも叶わない。不自然な格好で闇と対峙することしばし、
 「おイ、こイつじャないゾ」片言でそう聞こえたかと思うと、不意に私の頭が束縛から解き放たれた。呆然とする私を、しばし見つめた後、その得体の知れない獅子は
  とひゃら とひゃら とんとん
  とひゃら とひゃら とんととん
 どこかへ去っていってしまった。

プロフィール

立花腑楽(たちばな・ふらく)
出雲出身。妖怪だの呪術だの、その手の単語に劣情を覚えてしまう、ごく平凡なオカルトマニア。現在失業中。怪談なんて書いてるけど、当の本人にとっては、再就職先の決まらない現状こそリアルタイムな恐怖体験。

家賃滞納者CO

 不動産管理会社に勤めています。これは三年ほど前の話です。私は二ヶ月間家賃を滞納して連絡の取れない、近江志穂という若い女のアパートに出向きました。インターフォンを何度も押し彼女の名前を呼びましたが反応がなく、日を改め出直そうと思いました。
 「あんた、あの女の知り合いかい」
 隣に住む男が自室から出てきました。私は素性を明かし彼女のことを尋ねてみました。
 「あの女ならいるはずだよ。毎晩毎晩ドタバタと部屋んなかで騒いでるし。正直迷惑なんだよね」
 男の言葉を裏付けるように、
 ガヅン、と彼女の部屋から物音が響いてきました。私は再びインターフォンを鳴らし、彼女の名前を呼びました。
 ガヅ、ガヅ、ガヅン。誰かがいるのは確かのようですが、私の言葉に返事を返す気はないようです。仕方がないので私は会社から持参したアパートのマスターキーで部屋を開けることにしました。
 室内は酷い有様でした。奥のリビングに続く短い廊下の壁や床の至る所に、白い引っかき傷と大きなハンマーで叩いて陥没したような跡が無数についていたのです。
 突然、リビングの扉が開きました。女が仁王立ちに立っています。たぶん女です。ワンピースを着てましたし……。その女、頭が大きなコンクリートの塊に覆われていたんです。ゴツゴツした灰色の頭を、左右の廊下の壁にぶつけながら女が向かってきます。そして玄関で呆然としている私たちを押しのけると非常階段を下り、重い頭を前のめりにして揺らし、外へと走り去ってしまいました。
 何とかして平静を取り戻した私は部屋の中へ入ってみました。他の部屋も廊下同様、引っかき傷と陥没の跡だらけで見るに堪えない状態でした。
 あの「コンクリ女」が行方不明中の近江志穂だったのかは確かめようがありません。

プロフィール

クジラマク(くじらまく)
1975年、群馬県生まれ。ペンネームは凶事に用いる白黒の幕、鯨幕から。仏間に置かれたPCでいかがわしいものを書いています。失業に怪我、体重の激減などおかしな事が続いています。でも全部偶然です。たぶん……。

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