週刊てのひら怪談

2007年2月、字数制限800字の文学賞「ビーケーワン怪談大賞」から生まれた作品集が『てのひら怪談』として発売され、たちまち話題となり、その夏に開催された第5回の同賞は、質量ともに前年までを大きく上まわる活況を呈した。
2007年12月、第5回の応募作663編の中から選りすぐられた作品が、『てのひら怪談2』として早くも発売された。ここでは、その『てのひら怪談2』収録作家たちが新たに書き下ろした渾身の一作を、週替わりで2編ずつお送りしていきます。
800字怪談の精鋭が腕を競う『対の妖(ついのあやかし)』の諸相を、ご堪能ください!

スコープの空

 見えづらかったら光の角度を調節なさい。
 十八年前、家族旅行の海水浴で行方不明になった姉が、十一歳の姿で大人びた口をきく。二十四歳の僕は、古道具屋で見つけたフランス製の〈覗き箱〉を恋人へのプレゼントにするつもりで買った。星の渦巻く夜空と宮殿と、木立の書割が舞台のように閉じ籠められた空間をレンズで覗く。その木箱に、まさか小さな姉が棲んでいるとは思わなかった。
 木立と宮殿の間で水玉のワンピースを翻らせ、星団の魂と一緒に太陽系を流れていたらこの箱にひっかかってしまったのよと愚痴をいう。あれは遠い銀河の幽霊ですよと、なぜか誇らしげに紙の夜空を指さす。あちこちの魂が光のお舟に乗って通る空間に分け隔てはないのだから、と。
 まったく意味を理解できない僕に構わず姉は続けた。だから思うの、中性微子を捕まえるのが面倒なのはちょっと厄介なものが便乗しているせい。このお城、紙で残念。ああ、カキ氷屋さん落ちてこないかしら。
 あの夏、姉は海で食べるラーメンとカキ氷をとても楽しみにしていた。家族の誰もがなにも口にしないまま迎えた夕暮れ時、警官や漁師さんに頭を下げる両親に僕は「ねえカキ氷は」と尋ねて、父の張り手をくらった。滅多に手を挙げる人ではなかったので驚いて涙も出てこなかった。
 「そこ狭くない? ずっといてもいいけど」
 「そうね。でも、うん、やめとくわ」
 姉の指示どおりに虫眼鏡を用意し、ベランダで覗き箱の接眼部分にレンズをあてて月が中天にかかるのを待つ。何が起こるのか気になって月が少し傾いた頃に声をかけて箱を覗くと、姉はもういなかった。紙の夜は白い雲の浮かぶ青空に変貌していた。
 旅行初日に着ていた水玉のワンピースは、両親が姉の代わりに墓へ納めたものだと後になって思い出した。カキ氷屋さんはちょっと納められなかった。

プロフィール

君島慧是(きみじま・けいし)
故郷のかわりを探して時間等曲率漏斗を行ったり来たりなんかしてみたい東京生まれの埼玉育ち。候補地は〈ヨッパ谷〉か〈夢の木坂駅〉か。世に広めたい小説は『てのひら怪談』と、ジェフ・ライマン著『征たれざる国』。

ななかまど

 地面の深いところから湧き出す熱い湯は、湯船に溜まる頃にはちょうど良くなっている。
 目隠しの竹垣から風が通り、裏の山から森の匂いが流れてくる。この宿には年寄りの客が多いせいもあって、夜も更けると外湯まで来る人は少なく、私はここにいることが多い。
 「昔、どうやっても堤が崩れるからって、若い娘を埋めて人柱にしたんだって。しおみち温泉の近くの、今はダムで公園になっているところ。だからしおみち温泉には出るんだって、その娘の幽霊が」
 娘の幽霊が風呂上がりの若い男の腕にすがって歩く。それは私のことだろうか。埋められた娘というのは私に違いないが、男の腕にすがって歩きたいとは思わない。男の口車に乗せられて連れてこられたのだから。私は色んなことを忘れてしまったけれど、このことは熾(おき)のように消えずに残っている。
 器量も悪いし目もよく見えない、嫁御になるのは来世の望みと諦め、親兄弟の世話になって頼まれ仕事で鍋磨きをしていたのに、相手はちょっと年嵩だどもと後妻の口を持ってこられて夢を見てしまった……私も人並みに若い娘だったのだ。常には塩を運んでいる牛の背に乗せられて往く山道で、ななかまどの紅い実を採ってもらって髪に挿したったなあ。
 雪が青灰色の空から降ってくる。私は堤を守る役を負わせられたけれど、すっきりと青い冬の空を知ったり、夏の夕空に稲妻が走るのがくっきり見えるようになったことは良かった。埋められて百年また百年経って、今は寒くも苦しくもないし、飢えも渇きもない。私の役目はもう終わりらしく、堤からそう遠くない温泉宿までは来られるようになった。温泉には浸かれないけれど、湧き出る湯の気配は心地良い。
 雪が降る前は冷えるけれど、雪の降る日は存外あたたかい……そんなことを思い出した。

プロフィール

勝山海百合(かつやま・うみゆり)
はっぴいえんどはよく知らないが、先日鈴木茂の演奏を間近で見る機会があった。塗装がはげたフィエスタレッドのストラトキャスターから自在に紡ぎ出される音に酔った。はっぴいえんどといえば、大瀧詠一は同郷。

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