見えづらかったら光の角度を調節なさい。
十八年前、家族旅行の海水浴で行方不明になった姉が、十一歳の姿で大人びた口をきく。二十四歳の僕は、古道具屋で見つけたフランス製の〈覗き箱〉を恋人へのプレゼントにするつもりで買った。星の渦巻く夜空と宮殿と、木立の書割が舞台のように閉じ籠められた空間をレンズで覗く。その木箱に、まさか小さな姉が棲んでいるとは思わなかった。
木立と宮殿の間で水玉のワンピースを翻らせ、星団の魂と一緒に太陽系を流れていたらこの箱にひっかかってしまったのよと愚痴をいう。あれは遠い銀河の幽霊ですよと、なぜか誇らしげに紙の夜空を指さす。あちこちの魂が光のお舟に乗って通る空間に分け隔てはないのだから、と。
まったく意味を理解できない僕に構わず姉は続けた。だから思うの、中性微子を捕まえるのが面倒なのはちょっと厄介なものが便乗しているせい。このお城、紙で残念。ああ、カキ氷屋さん落ちてこないかしら。
あの夏、姉は海で食べるラーメンとカキ氷をとても楽しみにしていた。家族の誰もがなにも口にしないまま迎えた夕暮れ時、警官や漁師さんに頭を下げる両親に僕は「ねえカキ氷は」と尋ねて、父の張り手をくらった。滅多に手を挙げる人ではなかったので驚いて涙も出てこなかった。
「そこ狭くない? ずっといてもいいけど」
「そうね。でも、うん、やめとくわ」
姉の指示どおりに虫眼鏡を用意し、ベランダで覗き箱の接眼部分にレンズをあてて月が中天にかかるのを待つ。何が起こるのか気になって月が少し傾いた頃に声をかけて箱を覗くと、姉はもういなかった。紙の夜は白い雲の浮かぶ青空に変貌していた。
旅行初日に着ていた水玉のワンピースは、両親が姉の代わりに墓へ納めたものだと後になって思い出した。カキ氷屋さんはちょっと納められなかった。



