この場所の怖い話はないかと聞くと、真っ黒な顔のおじさんは「ないね」と答えた。
「大正十五年かな、ここが出来たのは……。今は浅草の六区にある会社の社長が管理してるんだよ。あの菊の花束なんか、ひと束五千円もするんだ。それを月に二回、腰の低い人なんだ。蝋燭も線香もみんなその社長が寄付してるんだよ。段ボール敷いてると、こんなところに寝てんなって一喝されて、小遣い持たせてくれるんだなあ……」
寒さの堪(こた)える夜だった。木枯らしが吹きすさび、供養塔にある黄色く染まった銀杏の葉はほぼ落ちかけて、雨上がりの石畳の上一面にはらはらと散っていた。
小さく残った池の水を循環する濾過ポンプの音が静かに響いている。
私はポケットの財布から五百円玉を取り出して、それを手渡した。
「少ないけど一杯やって。今晩寒いからさ」
「夜になると泣くんだよ、ここの観音様……」
おじさんは、供養塔の上の観音像をそうっと指差した。
「本当だよ。何回かここで寝た事あるんだけど、夜中に目覚めてふっと見ると……。昼間と違う顔して悲しそうに泣いてやがる。まあ、ここで遊女ばかり四百人くらい亡くなってるっていうからさあ、念ってやつが残ってんだろね……」
怖くないのと尋ねると、「明日のまんまの事の方が心配だよ」とおじさんは笑った。



