昔の事さ。私の家は地主でね。山も田圃も持っていた。使用人も大勢いた。そして姉やがいてね。親の顔なぞもう朧(おぼろ)なのに、その顔はしっかりと憶えているんだよ。色がたいそう白い人だった。縁日も夜中の便所もその白い手に引かれていった。だけど私が八つの歳に辞めていった。理由は知らなかったよ。ただお嫁にでも行ったかと思っていた。それから一年ばかりが過ぎた頃、小学校の帰り道だ。この学校ってのがまた山の中でね。子供の足で小一時間はかかる。夏の暑い日なんか汗みずくになる。汗を拭き拭き歩いてたら、途中の木陰に女が立っていた。藍色の着物のせいで肌がひどく青白く見えてね、立ち竦んじまった。すると、女は顔を上げてにっこりと笑いかけてくる。姉やだったよ。嬉しかったね。私は本当に姉やが好きだったから。いなくなって本当に寂しかったから。姉やは前みたいに手を繋いでくれて、二人で山道を歩いた。姉やの手はやっぱり白くて、こんな暑い日中を歩いているのに冷たかった。家が見える辺りで姉やは足を止めて言った。「夜祭りに行きましょうか」どこでと問うと、自分の里の方だと笑う。私はもちろん頷いたよ。「月が昇ったら迎えに参ります。でもお父様たちには内緒ですよ」子供ってのは内緒が好きだからね。それが姉やとの約束なら尚の事だ。私の胸は躍ったよ。夜が待ち遠しくて、夕餉を急いで平らげると、こっそりと家を出ようとした。だけど裏口で下男に見つかって、両親の元に連れて行かれた。親父にこっぴどく叱られてね。「昼に姉やが来たんです。里の方で夜祭りがあるから一緒に行こうって。夜に迎えに来るって」私がそう白状したら両親は障子紙より顔を白くさせてね。その晩は何故か両親と寝かされたよ。翌朝自動車に乗せられて、着いた先は姉やの葬式だった。身体を壊して辞めた事を幼かった私は知らなかったのさ。姉やはまだ十七だったんだよ。きっと独りで逝くのが寂しかったんだろうね。



