週刊てのひら怪談

2007年2月、字数制限800字の文学賞「ビーケーワン怪談大賞」から生まれた作品集が『てのひら怪談』として発売され、たちまち話題となり、その夏に開催された第5回の同賞は、質量ともに前年までを大きく上まわる活況を呈した。
2007年12月、第5回の応募作663編の中から選りすぐられた作品が、『てのひら怪談2』として早くも発売された。ここでは、その『てのひら怪談2』収録作家たちが新たに書き下ろした渾身の一作を、週替わりで2編ずつお送りしていきます。
800字怪談の精鋭が腕を競う『対の妖(ついのあやかし)』の諸相を、ご堪能ください!

姉(ねえ)や

 昔の事さ。私の家は地主でね。山も田圃も持っていた。使用人も大勢いた。そして姉やがいてね。親の顔なぞもう朧(おぼろ)なのに、その顔はしっかりと憶えているんだよ。色がたいそう白い人だった。縁日も夜中の便所もその白い手に引かれていった。だけど私が八つの歳に辞めていった。理由は知らなかったよ。ただお嫁にでも行ったかと思っていた。それから一年ばかりが過ぎた頃、小学校の帰り道だ。この学校ってのがまた山の中でね。子供の足で小一時間はかかる。夏の暑い日なんか汗みずくになる。汗を拭き拭き歩いてたら、途中の木陰に女が立っていた。藍色の着物のせいで肌がひどく青白く見えてね、立ち竦んじまった。すると、女は顔を上げてにっこりと笑いかけてくる。姉やだったよ。嬉しかったね。私は本当に姉やが好きだったから。いなくなって本当に寂しかったから。姉やは前みたいに手を繋いでくれて、二人で山道を歩いた。姉やの手はやっぱり白くて、こんな暑い日中を歩いているのに冷たかった。家が見える辺りで姉やは足を止めて言った。「夜祭りに行きましょうか」どこでと問うと、自分の里の方だと笑う。私はもちろん頷いたよ。「月が昇ったら迎えに参ります。でもお父様たちには内緒ですよ」子供ってのは内緒が好きだからね。それが姉やとの約束なら尚の事だ。私の胸は躍ったよ。夜が待ち遠しくて、夕餉を急いで平らげると、こっそりと家を出ようとした。だけど裏口で下男に見つかって、両親の元に連れて行かれた。親父にこっぴどく叱られてね。「昼に姉やが来たんです。里の方で夜祭りがあるから一緒に行こうって。夜に迎えに来るって」私がそう白状したら両親は障子紙より顔を白くさせてね。その晩は何故か両親と寝かされたよ。翌朝自動車に乗せられて、着いた先は姉やの葬式だった。身体を壊して辞めた事を幼かった私は知らなかったのさ。姉やはまだ十七だったんだよ。きっと独りで逝くのが寂しかったんだろうね。

プロフィール

沢井良太(さわい・りょうた)
葉書を書こうと思えばペンが無く、ペンを探していると葉書が消え、葉書を発掘して
いると不詳の駄菓子が現れ、途方に暮れている隙にまたペンが何処かへと消えてしま
う。私の部屋には穴ぼこが開いているらしい。

朋有り、遠方より来たる。

 引越しをした。とても遠い所。
 地図でしか知らなかった地名。見なれない風景が少し身に馴染んで来た頃、スーパーマーケットでひとりの女に声をかけられた。
 「どこかでお逢いしませんでしたか」
 少し斜視気味の目が見上げるその顔に、私も見覚えがあった。以前、住んでいた家の近くの小料理屋の女将。髪を下ろしていたので気が付かなかった。しかし、女将は亡くなっている。香典を少しばかり包んだ記憶もある。
 女の買物篭の中には、肉と馬鈴薯が入っており、このまま話が長引くと、肉がいたみやしないかと考えていたら、いつのまにか女の顔が私の顎の下まで迫ってきていて、首に浮かんだ青黒い痣を見せつけた。
 女将は客との浮気を疑われ、亭主に首を絞められて、殺されたのだ。
 「知り合いですよね。あたしたち」
 女は私の手を握りしめる。その手はとても乾燥している。

プロフィール

平金魚(たいら・きんぎょ)
「根源的な恐怖ってなに?」と聞かれる機会がありました。いやぁ、なんだろ。
わかんない。でも、根源的にメシ喰って、根源的にあーもう寝ないと、根源的にどうせ駄目な奴だよ、という生活はしている。

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