週刊てのひら怪談

2007年2月、字数制限800字の文学賞「ビーケーワン怪談大賞」から生まれた作品集が『てのひら怪談』として発売され、たちまち話題となり、その夏に開催された第5回の同賞は、質量ともに前年までを大きく上まわる活況を呈した。
2007年12月、第5回の応募作663編の中から選りすぐられた作品が、『てのひら怪談2』として早くも発売された。ここでは、その『てのひら怪談2』収録作家たちが新たに書き下ろした渾身の一作を、週替わりで2編ずつお送りしていきます。
800字怪談の精鋭が腕を競う『対の妖(ついのあやかし)』の諸相を、ご堪能ください!

塩の小箱

 塩を与えてはいけません、溶けてしまうから。この女はそういう風に出来ているのですよ。
 他に何か知っておくべきことは?
 それはご自身で見つけてください。

 鬼になりそこなった女を買ってみた。
 そいつは、小さな手の中に納まるくらいの箱の中に入っていて、値段は隣の籠に入った極楽鳥の三分の一程度で、売っていたのは年老いた寂しい笑顔を浮かべる鬼だった。
 この子を買ってみませんか、お安くしますよ。なりそこないの方が、ずっと飼い易くて便利です。上手く育てれば、とてもよく懐くんですよ。
 そんな言葉に惹かれて、何枚かの貨幣を手渡し、私は予想してたのよりもずっと軽い、なりそこないの入った箱を手に入れた。
 痩せこけた褐色の肌に欠けた鋭い歯。
 殆ど白髪の抜けかけた髪に緑色の瞳。
 言葉はわかるのだろうか。
 おい、食べるか?
 手でソーセージを小さく切って口の辺りに持っていくと、指先に喰いつかれてしまった。
 痛いな、これは噛んじゃ駄目なんだぞ。
 その言葉を聞いた彼女は凄く下卑びた笑みを浮かべたので、ついムカっとして、これは殺してしまおうと、塩を小箱の中一杯に入れてしまった。

 そして、どうなったのですか。
 箱の中から、彼女が溶け出して、部屋一杯に広がって匂いがしたんです。彼女は容赦がなくて許してはくれなかった。私は未だに逃げ続ける者です。お茶の中に、夢の中に、彼女は本当の鬼となった姿で、私をいたぶる為だけに存在し続けています。

 それが、貴方の身体から塩の匂いがする理由でしたか。

プロフィール

田辺青蛙(たなべ・せいあ)
先日、キョンシーのコスプレをしました。
そして家族が留守の時を見計らって、ぴょんぴょんと跳ねていたら、服の裾を踏んで豪快に転んでしまいました。去年も同じようなことを、屍人コスプレをやって階段で経験したような気がします。ちなみに、かなり痛かったです。

宮本武蔵

 怨念は恐ろしいものだよ。城攻めに加わった宮本武蔵が落石を避けられなんだは、落ちてくる岩に佐々木小次郎の霊が取憑いていたからだ。巌流島の戦い以来の人斬りの日々、数多の敵が、蚊柱に燕がひきよせられるように集まってきたのも、小次郎の霊障だった。彼らにはどうしてもその男が自分たちの腹を満たす一群れの蚊としか見えなかったのだ。お蔭で武蔵の額の血糊は乾く暇もなかった。
 年月を経ても一向に小次郎の怨念は晴れなかった。生けるもののごとく武蔵に見(まみ)えることは叶わぬと知って、すっかり気が長くなっていたのだ。櫂を使っても、二刀を得ても、物の剣ではついに小次郎を仕留められぬと悟った武蔵は洞窟にこもって修行した。
 老いた武蔵が描いた掛け軸が残されている。
 画題は竹に雀。
 怨念に臆して、顫(ふる)えながらあたりを窺う雀こそ自らの姿。
 別の軸にある眼光鋭くあたりを睥睨(へいげい)する鷹はその虚勢にすぎぬ。
 二刀流の極意とは右手(めて)に武蔵、弓手(ゆんで)に小次郎、敵と味方が相分かちがたく結びついていると知り、蛮勇は怯懦(きょうだ)に及ばず、無節操は信義に敵さず、混沌はただ混沌のままに在ると知って、他者が己をあやつるように己をあやつり、他者を制することだった。
 怨念は消えぬ。ならば佐々木小次郎よ、ここに居るがよい。永久(とこしえ)に。
「そう、させてもらうよ」
 結跏趺坐(けっかふざ)した武蔵の前に片膝立てて坐った小次郎は、にやりと笑った。

プロフィール

不狼児(ふろうじ)
見えないものを写真に撮るように怪談を書きたい。起こってしまった出来事を再現したり、似たようなもので構成するのではなく、シャッターを切った瞬間に怪異が起きる生々しいのが理想です。

最新記事

バックナンバーページはこちら

ポプラビーチを読んだ感想をぜひお寄せください。
皆さまのおたよりお待ちしております。
感想を送る
ポプラビーチトップへ戻る