週刊てのひら怪談

2007年2月、字数制限800字の文学賞「ビーケーワン怪談大賞」から生まれた作品集が『てのひら怪談』として発売され、たちまち話題となり、その夏に開催された第5回の同賞は、質量ともに前年までを大きく上まわる活況を呈した。
2007年12月、第5回の応募作663編の中から選りすぐられた作品が、『てのひら怪談2』として早くも発売された。ここでは、その『てのひら怪談2』収録作家たちが新たに書き下ろした渾身の一作を、週替わりで2編ずつお送りしていきます。
800字怪談の精鋭が腕を競う『対の妖(ついのあやかし)』の諸相を、ご堪能ください!

登山競争

 半歩遅れて登ってくる友人と二人、言葉も無くただ頂上を目指していた。中学生最後の登山競争。三十年以上続く学校行事だ。運動部のやつらは、さっさと僕らを追い抜き駆け上がって行った。苔むした大きな岩や、太い木の根っこがあちこちに顔を出す山道を駆け上がるのは、普段運動に縁の無いものにはこたえる。でも、参加しなければ体育の成績にひびくのだ。登り始めてすぐ、走るのは諦めた。ともかく頂上にたどり着けばいいのだ。足を止めると動けなくなるので、ただ前だけを見て、黙々と落ち葉を踏みしめ登る。後ろから来た何人かにまた抜かされた。タオルで流れる汗を拭う。顔を上げると大きな岩が突き出ているのが見えた。
 急に足元の落ち葉がざわざわと波打ち、くるくると舞い上がった。真後ろで足音が止まり、僕もタオルを握ったまま立ち止まった。
 真っ赤な花が一面に描かれたふんわりとした長いスカートを翻しながら、ぴょんと岩の陰から一人の女が現れた。足元の落ち葉をスカートの裾で巻き上げながら、ものすごい速さで下りてくる。僕は、右足を一歩後ろへ引いて道をあけた。すれ違いざま、女の長い髪が僕の頬を撫でた。
 右腕にしがみついている友人と二人、地面を滑るように下りていく女の後ろ姿を見送った。女は、あっという間に小さくなって見えなくなった。
 汗がいっぺんに引いていくのがわかった。二人顔を見合し、同時に駆け出した。木の根に足を取られながら、先を争うように登った。胸がドキドキと音をたてているのは、走っているからなのか、それとも女の髪の香りの所為(せい)なのか。こんなに走ったのは、小学生の時近所の犬に追いかけられて以来だ。運動部のやつらが下りてきた。後もう少しで頂上だ。
 去年よりずっといい順位の書かれた紙をもらい、二人黙って山を下りた。

プロフィール

峯野嵐(みねの・らん)
怪談を書いていて、まだ怖い目に遭った事はありませんが、気がついたら外が真っ暗で、夕飯の支度をしていないことに気づき、凍りつく事は多々あります。

夜の女

 近所の辻に、最近女が立つようになった。いるのはいつも夜遅く。なにやら一生懸命、角の家の様子を窺っている。
 着物姿の女は喉元がぽっかり光っていて、それはそれとして便利。僕は黒々とした夜の道を、女の喉を目印に家路を急ぐ。
 長い髪を指先で弄び、ちくしょう、とか、あの男気がつきやがった、とか、時々毒づく。はしたないのだ。
 よその家の塀に寄り掛かり、襟元着崩し、乳房の膨らみ見せびらかす。赤い舌先ちろちろ、口の端だけ上げて。
 一度、話しかけてみたことがあった。
「何故、喉を光らせているんだ?」
 女は初めてこちらを向き、「螢を飲んだのさ」と答えた。
「飲み込めなくてね。喉に引っ掛かってしまった。でも便利だろ?」
 真っ白い顔のなか、唇だけが濡れている。
 女はにやけると小さな声で、おまえでもいいかなと呟いた。僕は吃驚(びっくり)して逃げ出した。冗談だよ、という声が僕を追いかけてきたが怪しいものだ。
 今夜も女は辻に立っている。僕が近付こうとしているのに見向きもしない。女の皮膚はただでさえ白いのに、その喉はもっと白く輝く。
 せめて喉を触らせてもらえば良かった。いやいや今からでも遅くはないぞ、今度頼んでみようか。僕は考える。
 前を通りかかると、やはり物騒な言葉を女が吐き出しているのが聞こえた。

プロフィール

平金魚(たいら・きんぎょ)
子どもの頃、夏休みはだらだら過ごしていました。本を読むでもなく、遊ぶでもなく、もちろん勉強もしません。あの時、もうちょっと頑張っていたら違う大人になっていたと思います。

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