週刊てのひら怪談

2007年2月、字数制限800字の文学賞「ビーケーワン怪談大賞」から生まれた作品集が『てのひら怪談』として発売され、たちまち話題となり、その夏に開催された第5回の同賞は、質量ともに前年までを大きく上まわる活況を呈した。
2007年12月、第5回の応募作663編の中から選りすぐられた作品が、『てのひら怪談2』として早くも発売された。ここでは、その『てのひら怪談2』収録作家たちが新たに書き下ろした渾身の一作を、週替わりで2編ずつお送りしていきます。
800字怪談の精鋭が腕を競う『対の妖(ついのあやかし)』の諸相を、ご堪能ください!

和菓子屋のおじいちゃん

 家に帰ると、母が突然まくし立てた。
 「亀村に今日、ケーブルテレビの人が来たんだって。お店の取材でね。で、テレビの人に見られるとまずいっていうんで、おじいちゃんを部屋に閉じ込めてずっと隠してたんだってよ。ひどいことするわねえ」
 亀村というのは、近所にある和菓子屋だ。そこのおじいちゃんが認知症だというのは、僕も前から知っていた。通学途中のバスの中から、横断歩道の前に青いパジャマで立っている老人の姿をよく見かけたものだ。信号が青になっても渡るでもなく、真っ直ぐ前を見つめて立ちつくしている……。
 あのおじいちゃんが部屋に閉じ込められていたのか。物悲しい話だ。それを楽しそうに話す、うちの母親も困ったもんだが。
 放送当日、母と僕はテレビの前に陣取った。
 番組が始まった。リポーターが、お店の人にインタビューして、大福を頬張る。
 「この人が二代目ね、この人が三代目で、あんたとそんなに年は変わらないはずだよ。あんたと違って、しっかりしてること」
 と、母はやかましい。
 番組も終わりに近づき、カメラは、店の中で手を振る亀村家の人を映しながら店を出た。
 江戸紫色の自動ドアが閉まる。
 (あっ……!)
 自動ドアに映っているのは、カメラマンとリポーターと、そして、リポーターの隣にいるのは、亀村のおじいちゃんじゃないのか。
 カメラがそのままパンして、リポーターを捉えた時には、おじいちゃんの姿は影も形もなかった。
 番組が終わり、CMが始まる。
 母は、じっと画面を見つめている。その横顔が、ひどく遠い。
 数週間後に、亀村のおじいちゃんは亡くなった。自然死だ。珍しく口数の少ない母から、それを聞いた。

プロフィール

堀井紗由美(ほりい・さゆみ)
歯が痛いので、歯医者に行って来ます。歯と言えば、歯の妖精。歯の妖精と言えば、「黒の怨」という怖いDVDがお勧めです。

のんきもの

 「ど~も~」……聞く者の耳を和ませるのんびりしたこの声は、アシスタントのN君に違いない。案の定、玄関には後ろで髪を結んだ巨体がニコニコと立っていた。愛車のエンジンがかかりっ放しなのは、とりあえずコンビニでも行きませんかという無言の誘いだ。もう十年以上くりかえした慣れた動作で助手席にすべりこむ。

 「久しぶりだね。いつ戻ってきたの?」
 「……昨日っす」
 何気ない会話に違和感をおぼえる。そういえば彼とは半年以上会っていなかった。なぜだろう、仕事は途切れなく続いていたのに。毎月手伝いに来る彼と、どうしてそんなに間が空いてしまったのか。帰っていた……どこに? 故郷の九州に? ……いや。
 思い出してはいけない事から逸らしたつもりの視線の先に、みつけてしまった。運転席のシートに付いた赤黒いシミ。

 原型を留めないほど破壊された運転席を染めた多すぎる赤黒いシミを、私は見たのではなかったか。冷え冷えとした真冬の救急医療室前の廊下で、のんびりとした性格の彼がムリな追い越しなどするはずがない! 誰に言うともなく、そう叫んだのではなかったか。

 そう気付いた瞬間、いままで隣で運転していたN君の気配が急速に遠ざかり、伸ばした手は虚空をつかみ、私は暗闇のなかで目を覚ます。デジタル時計の表示がぼんやり光っている。AM2:10、7月12日。
 「いつ戻ってきたの?」「……昨日っす」
 まだ耳に残る懐かしい声を聞きながら考える。のんきものだと決め付けていたのはコチラの勝手な思い込みで、私の知らない性急な面も持っていたのかもしれない……と。

 自分の初盆が待ちきれなかったのだろうか。

プロフィール

岩里藁人(いわさと・わらじ)
すべて実話です。ひとつだけ付け足すとしたら、この体験から更に4年の月日が流れてしまった事でしょうか。…N君、ネタにしてごめんな。腹がたったら、いつ出てきてくれてもいいんだぞ。

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