週刊てのひら怪談

2007年2月、字数制限800字の文学賞「ビーケーワン怪談大賞」から生まれた作品集が『てのひら怪談』として発売され、たちまち話題となり、その夏に開催された第5回の同賞は、質量ともに前年までを大きく上まわる活況を呈した。
2007年12月、第5回の応募作663編の中から選りすぐられた作品が、『てのひら怪談2』として早くも発売された。ここでは、その『てのひら怪談2』収録作家たちが新たに書き下ろした渾身の一作を、週替わりで2編ずつお送りしていきます。
800字怪談の精鋭が腕を競う『対の妖(ついのあやかし)』の諸相を、ご堪能ください!

井戸の奥には

 親父はもう五年前に亡くなっているので、叔父の葬儀には必然的に長男の私が出席することになった。
 陰鬱な印象の強い叔父とはもう何年も会っていなかったが、どろんとした目でこちらを見つめる遺影の叔父は、相変わらずもの言いたげに暗そうだった。
 父の実家でもあるその家では通夜が終わり、親戚たちがめいめいいくつかのグループに分かれて思い出話を繰り広げている。
 煙草を吸おうと台所の勝手口から外に出ると、そこには井戸があった。
 いや、井戸であったものと言うべきか。
 すでに使われなくなって久しいそれには板が打ち付けられ、上に工具やらなにやらが山盛りに置かれていて、使われていないのが一目瞭然の状態だった。
 子供の時分、遊びに来た時は気付かなかったが、今時井戸だなんて珍しい。
 そういえば父が夏になるとよく言っていた。
 「井戸水は冷たいんだぞ、スイカなんて冷蔵庫で冷やしてもちっとも冷たくならん」――。

 一服して、そろそろ戻ろうとすると何かが聞こえた。
 耳を澄ますが聞こえない。気のせいか?
 猫でも隠れているのだろうかと腰をかがめようとした瞬間、はっきりとその声は耳に飛び込んできた。

 「雄二にいちゃんごめんなさい、たすけて」

 雄二とは死んだ叔父のことだ。
 そして父と叔父の下には、幼い頃神隠しのように突然姿を消した叔母がいたそうである。

プロフィール

綾倉エリ(あやくら・えり)
現在でも井戸があるのは当たり前の田舎生まれ、田舎育ち。井戸は暑い日でも麦茶でもスイカでも、あっという間に冷やしてくれるスグレモノ。
ちなみにうちの井戸には何も沈んでいません。多分。

菊理媛(くくりひめ)

 月蝕の日は、夜気に混じって天から毒が降りてくるので井戸に蓋をしなくてはならない。
 夕暮れ時、私はその時の当番であったから、毒を避ける傘を差して、家々の井戸に蓋が被さっているかどうか見回りをしていた。月から降りてくる毒を避けるための蝙蝠傘は重たくて手首が痛むなと思いながら、村内にある四十と二つめの井戸にさしかかった時の事。
 「目が痛むの」しくしくと泣きながら井戸の淵で髪も服も爪も何もかも白い女の子が二人泣いている。まだ、毒は地に降りていないが、如何なる場合においても常より敏感な者は存在する。
 「毒にやられたのかい? 今夜は月蝕なのだよ」とまるで白兎のような娘に言うと、似通った二人は口々に、「ううん、毒にやられたんじゃなくて目の部分の花弁を虫に齧られてしまったの、私は秋明菊」と言った。
 ははぁ、菊の精の姉妹かと思い、「何も出来ないけれど、もしかしたら目の代わりになるかも知れないよ」と、蝙蝠傘の端っこを千切って与えた。「こんなの気休めにすらならないけれど、有難う。それとどうして、こんな可愛い花精に遭ったのに、貴方はとても難しい顔をしているの?」と言われてしまったので、私は苦笑いしながら、「元からこんな顔なんだよ」と応えた。

 いつだって男の心を惑わすものは女妖である。愛らしい菊の姉妹と他愛なく談笑していた間、私は本来の職務を忘れてしまっていた。
 幸い、私以外の家は蓋をキッチリと嵌め込んでいたようなので災いはなかったが、我が家の井戸はそうではなかった。
 枯れた菊の花の側で、毒に蝕まれてしまった私は、透き通る躯を抱いて、白菊の花にも似た月の光を仰ぎ見ている。
 これから先、私はこの地に縛りつけられて月明かりの下、菊花が咲く頃以外はずっと独りぼっちなのだろう。

プロフィール

田辺青蛙(たなべ・せいあ)
「もうすぐコミケですね、電○やクレイモ○のキャラの格好をした私によく似た人を会場で見かけることがあるかもしれませんが、それは他人の空似だと思って下さい。去年職場の同僚に偶然出会ってしまった時は思わず硬直してしまいました。」

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