週刊てのひら怪談

新たな書き手が、続々登場!「てのひら怪談」ムーヴメント、益々拡大中。
 今年2月の刊行以来、新聞各紙や雑誌などで相次ぎ紹介され、関係者の予想を超えた拡がりを見せている800字の怪談集『てのひら怪談 ビーケーワン怪談大賞傑作選』。
 6月には、東京・西荻窪にて、本書の編者である加門七海さん、福澤徹三さん、東雅夫さんをはじめ、歌人の穂村弘さん、ライターの北尾トロさん、作家の京極夏彦さんと平山夢明さんをゲストに迎え、「西荻てのひら怪談」と銘打つイベントが行われました。
 このイベントに先立って「西荻窪にまつわる800字以内の怪談」を一般公募したところ、お題の特殊さにもかかわらず121編もの応募作が寄せられました。
 優秀作品を当日、会場で選出し、『西荻てのひら怪談カードブック』に掲載しましたが、応募作の中には、このまま埋もれさせるには惜しい多くの逸品が、まだまだありました。
 そこで、今回から”週刊てのひら怪談・特別編【西荻シリーズ】”と題して、イベントで紹介しきれなかった秀作・力作・怪作の数々を、例によって相通ずるモチーフによる二篇一対の形でお届けして参ります。
 拡がり続ける「てのひら怪談」の世界に御注目ください!

西荻に快速は停まったか

 駅北口で一人の男が通行人に署名を求めていた。肩にかけたタスキには「中央線快速は土・休日も西荻窪駅に停車を!」とある。
 そうなのである。西荻に快速が停まるのは平日だけなのである。休日にこそ快速に乗りたい僕にとってはこの提案、大賛成だ。
 「あれっ。お前、藤原じゃないか」
 タスキの男に呼び止められた。見れば中学の同級生だ。特別親しくはなかったが、こちらも相手の名字くらいは覚えていた。
 署名を終えてから、手渡されたビラに改めて目を通した。そこには、学生運動の立て看板のような字体で「西荻に闇を作るな! ホームの悪霊を放置する西荻駅長を糾弾せよ!」という見出しが躍っていた。どうやら彼は、利便性とは全く別の観点から休日の快速停車の必要を感じているらしかった。
 「2番線から見るとさ、照明の落ちた向かいの3番線ホームに人影を見かけることがあるよな。あれって実は全部悪霊なんだぜ。あいつら線路に人を落とすためならなんだってするからね、お前も気をつけたほうがいいよ。人が集まるべき所から不自然な形で人間を排除すると、ああいうのが住みついちゃうんだよなあ。マジでタチ悪いぜ。だからさ、ホームは常に生者に開放しておくべきなんだよ」
 「へえ、そうか。気をつけないとなあ」
 「そうだよ。俺がこないだ見た女の悪霊なんてさ、プロムで豚の血を浴びた時のキャリーみたいな眼で俺を睨んできやがって、マジで気絶しそうになったよ」
 「そうか」「そうさ」
 以後、再び彼と会うことはなかった。その後ダイヤも幾度か改正されたが、休日の西荻には未だ快速は停まらないし、悪霊に惑わされて構内の線路に人が落ちたという話も勿論聞かない。ただ、少し気になって調べてみたところ、僕が彼と会う少し前に、封鎖されていたはずの休日の3番線ホームから男が転落し、通過する快速列車に轢(ひ)かれていた。

プロフィール

ヒモロギヒロシ(ひもろぎ・ひろし)
西荻窪在住です。西荻のゆるい空気が好きなので、快速が停まらない今のままでいいやというのが本音です。駅裏の「ハンサム食堂」(旨い!安い!狭い!)でシンハーを飲むたび、ゆるすぎるこの街のたゆんだ未発展を願わずにはおれません。

ロープ

 ほかに降りた客は見当たらなく、ホームは向う端まで無人である。午前の半端な時間とはいえ、こんな事もあるのかと思う。
 薄暗い階段の尽きた処で歩を止めると、目に映るものを私は理解しようと努めた。通路の幅いっぱいに渡されたロープで、改札へ続く道が事故現場のように塞がれていたのだ。
 低い部分を跨ぎ越しながら、今日が土曜日だったことを私は思い出していた。
 ならば快速が停まるはずがなかった。停まらないはずの電車から、使われていないホームに私は降り立ったことになる。

 「こんなふうに説明できるんじゃない?」マリはあっさりそう答えて頬杖をはずした。
 「実際にはKさん、総武線か東西線を使ったわけよ。中央線で来たっていうのは、単にそう思い込んでいただけ。よくある勘違い。でも無意識では自分の間違いに気づいてたのね。だから密かに裏で帳尻をあわせようとした」
 「帳尻あわせ?」私は問い返す。
 「そう。本当は各駅で来たのに、わざわざ快速のホームにもう一度昇ってそこで降りたふりをしたのよ。もちろんすべて無意識のうちにね。いってみれば、映画のフィルム繋ぐみたいに記憶と認識が再編集されたってわけ」 そんなことありえるのかな、と首をかしげながら私は窓に視線を向けた。まばらに人の歩く路地の先には鉄道の高架が覗いている。
 帰りがけ、携帯にメールと着信が数件入っていることに気がついた。
 今日は本当にごめんなさい、と切り出されたメールはマリからだった。今起きたばかりで慌てて電話をしたこと、約束の日を一日勘違いしていたこと、など誤変換の多い読みにくい文面で、くりかえし詫びられていた。 返信を打ちかけてやめ、私は携帯を閉じた。ふと風に頬を撫でられた気がして顔を上げた。
 目の前にオレンジ色の車体が停車している。ドアが開いていたので、思わず駈け足になる。

プロフィール

我妻俊樹(あがつま・としき)
部屋にいると、体じゅうに虫さされの痕がふえていきます。むやみに痒いやつ。最初は痒くないけど、だんだん痒くなるやつ。あまり痒くないけど結構腫れるやつ。いろいろです。いろんなやつらを、体ひとつで養ってます。

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