我らはこの土地に埋められた。墓標はない。弔ってくれる者もなく、人々から忘れられた。
悲しくはない。人のために生き、人のために死ぬ――それが我らの使命だ。誇りのもとに散った命。その事に悔いはない。
明治の半ば、博打(ばくち)打ちの男三人が金欲しさにこの塚を堀り暴いた。金のために墓を暴くとは許し難い所業だ。我らは祟ってやることにした。天誅(てんちゅう)だ。
酒を飲み泥酔した奴らの夢に出た。我らがいかに死に失せたのか――幻を見せてやった。
奴らは「熱い、熱い」と悶えながら死んで行った。愚かな男らの死を祟りと恐れ戦いた村人は、男らの掘った穴を埋め戻した。
いつになったら我らは成仏できるのか。待ち草臥(くたび)れた大正十五年――区画整理で塚は取り崩された。もう祟るつもりはなかった。
だが我らの骨が大量に掘り起こされ、瓦礫(がれき)のごとく扱われた。我らは軽く意義を申し立てるつもりで地主の息子に取り憑いた。毎夜発熱する息子に「かね塚」の祟り話を聞いていた母親が骨を手厚く供養してくれた。なんと有難き幸せ――憑いたことを申し訳なく思い、また深く感謝をした。
生前我らは何者だったのか――忘れかけた頃、とある富豪のI氏がこの地へ居住した。
「お宅には集団の幽霊が出るらしいですよ」
近隣の住人に脅かされても、笑い飛ばす豪快な男だ。我らは彼をいたく気に入った。
庭掃除をしていた同氏が数片の骨を見つけ埋葬してくれた。出るつもりは微塵もなかった。なのに嬉しくてついつい「出て」お礼をしてしまった。同氏の妻が大層怖がって、渋々ながらにこの地を去って行った。
今ここにはマンションと呼ばれる建屋が建っている。血の繋がりなき者が集い、互いの息を殺し、そして忍ぶように暮らしている。
「時が移ろうとも忍びは絶えぬということか」
なぜか胸が痛んだ。我らはいったい何者だったろうか――もはや思い出せることはない。
週刊てのひら怪談
新たな書き手が、続々登場!「てのひら怪談」ムーヴメント、益々拡大中。
今年2月の刊行以来、新聞各紙や雑誌などで相次ぎ紹介され、関係者の予想を超えた拡がりを見せている800字の怪談集『てのひら怪談 ビーケーワン怪談大賞傑作選』。
6月には、東京・西荻窪にて、本書の編者である加門七海さん、福澤徹三さん、東雅夫さんをはじめ、歌人の穂村弘さん、ライターの北尾トロさん、作家の京極夏彦さんと平山夢明さんをゲストに迎え、「西荻てのひら怪談」と銘打つイベントが行われました。
このイベントに先立って「西荻窪にまつわる800字以内の怪談」を一般公募したところ、お題の特殊さにもかかわらず121編もの応募作が寄せられました。
優秀作品を当日、会場で選出し、『西荻てのひら怪談カードブック』に掲載しましたが、応募作の中には、このまま埋もれさせるには惜しい多くの逸品が、まだまだありました。
そこで、今回から”週刊てのひら怪談・特別編【西荻シリーズ】”と題して、イベントで紹介しきれなかった秀作・力作・怪作の数々を、例によって相通ずるモチーフによる二篇一対の形でお届けして参ります。
拡がり続ける「てのひら怪談」の世界に御注目ください!
- プロフィール
春乃蒼(はるの・あおい)
197X年6月生まれ。昔から怖くて不思議な話が好きです。そして私事ですが、いぬ占いをしてみましたら「極悪犬」という衝撃的な結果が出ました。極悪犬じゃなく、極楽犬だったら良かったのに。そんなことを思いました。
物心ついた時には、すでに母は入院していたので、西荻窪にある父方の祖父母の家に預けられていた。折々に年寄りに手を引かれて、母の病室を訪れたが、頬をよせてくる母の浴衣の合せ目から覗く、肋骨が浮き出た薄い胸が気味悪く、「早く帰りたい」と心の中で思うのが常だった。真新しい制服と黒皮のランドセル姿を見せにいったのが、生きている母に会った最後になった。
その後も西荻窪の家に預けられ、父は時々やってきて、私の相手をすると、どこかへと帰っていった。
あの日は、祖父も祖母も留守だった。ふらりとやって来た父は、仏壇から蝋燭を一本持ち出して、私を庭の片隅の古井戸へと連れてきた。
「お母さんに会いたくないか?」
私の返事など待たずに、父は蝋燭にくるくると長い糸を巻きつけて蝋燭の芯に火をつけると井戸の中へと垂らした。ぽちゃんと水音がしても、暗い穴のさざ波の中で、小さな炎が揺らめいていた。
「きた!」
父が糸を素早く手繰(たぐ)る。するすると上がってくる蝋燭に、白い大きな水母(くらげ)に似た物がついていた。母だった。額の真ん中に蝋燭を立てて、水晶体が濁った目を大きく見開いた母が、井戸の中から父によって吊り上げられてくる。膨れた舌がはみ出した母の口から澄んだ声で自分の名前を呼ばれた時、私は目の前が暗くなり、その後のことは覚えていない。
数年後、祖父母が他界すると、父は西荻窪の家を売り払った。
一度だけ一人で更地(さらち)になった家跡に行った。古井戸のあった場所には、塩化ビニールの管が一本出ているだけだった。私は、ポケットにしのばせた蝋燭に火をつけて塩化ビニールの管の中に落とすと、片方の耳を管に近づけた。母の声は聞こえなかった。ぽちゃんという水音も聞こえなかった。
- プロフィール
高橋史絵(たかはし・ふみえ)
具合が悪くて会社を早退しても本屋によらずにはいられない病の持ち主。最近のマイブームは、BL小説&BLコミックス。台湾の歌手・周杰倫。本棚にBL専用棚ができつつあるのが自分でもちょっと怖いです。



