週刊てのひら怪談

2007年2月、字数制限800字の文学賞「ビーケーワン怪談大賞」から生まれた作品集が『てのひら怪談』として発売され、たちまち話題となり、その夏に開催された第5回の同賞は、質量ともに前年までを大きく上まわる活況を呈した。
2007年12月、第5回の応募作663編の中から選りすぐられた作品が、『てのひら怪談2』として早くも発売された。ここでは、その『てのひら怪談2』収録作家たちが新たに書き下ろした渾身の一作を、週替わりで2編ずつお送りしていきます。
800字怪談の精鋭が腕を競う『対の妖(ついのあやかし)』の諸相を、ご堪能ください!

回帰

 旅の途中で立ち寄った浴場は、ひどく寂れていた。脱衣所の蛍光灯は点滅し、そのスイッチは壁から垂れ下がって配線が剥き出しだった。
 それでも、そそくさと服を脱ぎ湯に入った。寒さで縮こまっていた筋肉が徐々にほぐれていく。
 心地よさは突然破られた。老婆が入ってきたのだ。混浴だったことにも、腰が曲がり骨と皮だけのような姿にも動揺した。しばらくしたら、素知らぬ振りで風呂から出よう。
 老婆は浴槽の縁に腰掛けると、脚を広く開いた。やや苦しそうに呼吸している。大丈夫かと声を掛けるべきか。迷っていると、その股座(またぐら)から何やら出てくるのに気づいた。風呂から出たいと思っていたことも忘れ、その光景に目を奪われる。
 小さな呻き声をあげながら、老婆はそれを産み落とした。一瞬水子かと思ったそれは、人形だった。ぬらぬらと濡れたまま湯に沈められると、たちまち大きくなり手足が動いた。人形は、十歳くらいの少女となった。
 少女は老婆と俺を洗い場へ誘い、石鹸を丹念に泡立て、二人の身体を交互に洗い始めた。足の指から耳の中まで。臍も性器も例外なく。その感触に俺が我を忘れそうになると、やわらかい手は老婆の身体へかえってしまう。
 落胆と期待の眼差しで、少女の手の動きを見つめる。幼い手に撫でられている皺だらけの肌は、次第に赤みを帯びていくようだ。腰が伸び、乳房が持ち上がる。老婆は、少女とそっくりな女になった。
 「本当に親子なんですね」
 「ええ。でも、そろそろ時間です。この子は帰らなくてはなりません」
 冷水を浴びせられた少女は、人形に戻ってしまった。それを俺に差し出して、女が言う。
 「お手伝い、してくださいますか」
 俺は、泡の残る女の肢体を撫で回しながら人形を突き刺した。

プロフィール

五十嵐彪太(いがらし・ひょうた)
掲載を知った翌日、てのひら2作家の「ま・ま・」さんと都内の銭湯に行きました。おばあさんは幾人もいましたが、お人形さんはいませんでした……たぶん。混浴ではありませんでした、念のため。

竜宮の使い

 きっと、宙天の月は砕けて無くなってしまったのだ。そして、その欠片(かけら)は海に落ち、キラキラと波に乗って、私の足下に押し寄せる。
 新月の晩だった。私は、祖父と一緒に、夜光虫が騒(さわ)めく波打ち際で、踝(くるぶし)を海水に濡らしていた。祖父は私の隣で腰を屈め、蛍光色の水面を凝(じ)っと見つめながら、時折 「おう」と言っては、海中を掴む様な動作をしている。
 何度目かの後、彼はようやく目的のものを掴み取ったようだ。私の眼前に、その握った拳が突き出される。そこからは、キューキューと、まるで烏賊(いか)が鳴くような声が聞こえた。
  「見てみい。綺麗なもんじゃろが」
 緩く開かれたその掌中には、ビチビチと身を捩る、仄白く透き通った体色の……女が捕らえられていた。ほんの小鰯ほどの大きさなのに、濡れた黒髪と、股間の翳りが生々しい。そして、その胃の腑のあたりを中心に、全身から、ほんのり夜光虫と同じ光を放っている。
 祖父曰く、彼女らは夜光虫を補食するために、新月の晩だけ海面に浮上するのだそうだ。
  「お月様が無いと、海ん底も暗かろうからの」
 海底には、主(あるじ)が待っている。海溝に長々とその身を横たえ、彼女らが灯りを持ち帰るのを待っている。「暗いよぅ暗いよぅ……」と。
 祖父は、そう私に説明した後、その女形(にょぎょう)の燐光を、ぽいっと海に放り捨てた。そして、「こいつじゃない、これも違う」と言いながら、再び海中をまさぐりはじめる――。
  「これじゃ。こいつ、子を孕みよるがな!」
 再び私の前に差し出されたそれは、なるほど、確かにぽっこりと腹が膨らんでいる。祖父は、何だか異常に嬉しそうな様子で、私は、彼が少しおかしくなってしまったかと思った。
 と、彼は孕み女の片足を摘み上げ……そのまま饂飩(うどん)か何かのように、つるりと啜り込んでしまった。彼の顎が動いた瞬間、確かに「キュー」という断末魔が聞こえた気がした。
 祖父は私を見て「にっ」と笑う。その口の端には、女の体液が月光色に光っていた。

プロフィール

立花腑楽(たちばな・ふらく)
最近、友人から「エロい話を書けよ」とばかり言われるんです。そんなの書けるわけないじゃないですか。こちとら、セ、セ、セクシャルな単語を耳にしただけで、恥ずかしさの余り卒倒しちゃうような乙女キャラなのに。

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