週刊てのひら怪談

2007年2月、字数制限800字の文学賞「ビーケーワン怪談大賞」から生まれた作品集が『てのひら怪談』として発売され、たちまち話題となり、その夏に開催された第5回の同賞は、質量ともに前年までを大きく上まわる活況を呈した。
2007年12月、第5回の応募作663編の中から選りすぐられた作品が、『てのひら怪談2』として早くも発売された。ここでは、その『てのひら怪談2』収録作家たちが新たに書き下ろした渾身の一作を、週替わりで2編ずつお送りしていきます。
800字怪談の精鋭が腕を競う『対の妖(ついのあやかし)』の諸相を、ご堪能ください!

名残

 例年なら鳴り止んでいる筈のポルターガイストが何故か今年は終わる気配が無い。丑寅(うしとら)の方角から廊下を伝ってドンガラピッシャンと騒ぎ出し、未申(ひつじさる)の寝室で一休みした後に折り返して台所で暴れまわる。五月蝿(うるさ)い事この上ない。幽霊の運動会は師走にでも催されるのかと疑う程だ。
 お札も塩も効き目が無いのでその道に詳しい友人に相談すると「あんた全然掃除してないでしょ」と指摘された。本当は掃除どころか衣替えすらしていない。居間ではハロゲンヒーターと扇風機が仲良く首を振っている。
 彼女曰く「幽霊は蚊や花火と同じく旬のものだからして、夏が過ぎると墓石や縁の下なんかに隠れる。ただし夏の気配が色濃く残っていると、それに惹かれて集まってくる」のだそうだ。確かに我が家は蚊取り線香も浮き輪も、台所の排水溝から芽吹いた西瓜も、そのままになっている。
 このままでは霊道に乗って全国各地から幽霊がバカンスにやってくると脅されたので、流石(さすが)の私も掃除を始める気になった。
 埃を被った掃除機を引っ張り出し、手始めに家中を吸い取って回る。クリーナーが見つからなかったので、水拭きした窓ガラスは余計に汚くなった。そう言えば掃除をするなんて何年ぶりだろう。私は仕事で夫は家事。ずっとそうして暮らしてきた。けれど当の夫は今、仏壇の奥で新しい位牌になっている。
 やがて日が暮れる頃、見違えたように綺麗になった家から騒霊は一掃されていた。達成感と妙な寂寥感に浸りながらお茶を淹(い)れていると、窓辺のカーテンが独りでにひらめく。まだ残っていたのか。そう思い目を凝らすと、磨いたばかりの窓の向こうに風鈴が一つ。去年の夏祭りに夫と一緒に買った物だった。私はそれを取り外そうと腰を上げ、矢張り止めてお茶を啜った。
 風も無いのに揺れる風鈴の、凛々(りんりん)とした声が冬空に響くのを聞きながら。

プロフィール

石居椎(いしい・しい)
掃除は苦手なので得意という人がいると尊敬してしまいます。でもこの雑然とした空間が好きなんだよなぁと思いつつ、今日も積みあがる本の塔は、さて何時倒壊するのかしらん……。

百円札

 夫婦でのんびり暮らすはずだったのに、妻が抜け駆けした。先に逝ってしまうなんて、ずるいヤツだ。
 独り暮らしが寂しいわけではない。独りではなかったころの思い出が多すぎて、時間の使い方に慣れないだけなのだ、たぶん。
 四十九日の法要を終えた翌日だった。居間に見知らぬ女がいた。娘ほどの年格好で、ソファの背に左手を置いて立っていた。俯(うつむ)いた顔の左右で長い髪が揺れる。足はあった。
 「あの、これ……」
 女が右手を差し出した。小豆色の紙片が握られている。私が訝しげな顔をすると、上目遣いにこちらを見て言った。
 「あ、違う……んですよね」
 するすると女の手が腰の辺りへ下りていく。握り直したためか、紙片がよく見えた。
 「百円札?」
 思わず声が出た。子供のころに使った記憶がある。板垣退助の名は、この札で覚えた。
 顔を上げると、女が消えかけていた。
 二日後、同じ女がいた。廊下で太陽を背にしている。私を見ると「あの、これ……」と、また百円札を差し出した。私の怪訝(けげん)な顔を見て、この日も消えてしまった。
 それから三日と空けずに女はいた。いつも百円札を差し出し、私の顔色を見て消える。
 何度目かのとき、私の中にかすかな記憶が蘇った。それは顔色に出たのだろう。その日、小豆色の紙片は下がらなかった。
「思い出してくれたのね」明るい声がした。そして「じゃあ返さなくっちゃね」と寂しげな声が続いた。
 小学生のころ、修学旅行のクラス写真の代金を忘れたと言って泣き出しそうな女の子がいた。確かに私は彼女に百円を貸したのだ。
 百円札を受け取った日から、女が現れることはなくなった。返してもらった札は、タンスの中にしまってあるが、受け取ってよかったのかどうか、いまだに分からないでいる。

プロフィール

井上優(いのうえ・ゆう)
久々に積もった雪を踏んで「娘」といつもの散歩。真っ白な雪景色の中で見ると、純白だと思っていた彼女の腹部が意外に汚い……。全身毛むくじゃらだし、風呂に入れると歯を剥いて怒るので、見なかったことにしました。

最新記事

バックナンバーページはこちら

ポプラビーチを読んだ感想をぜひお寄せください。
皆さまのおたよりお待ちしております。
感想を送る
WEB マガジン ポプラビーチ powered by ポプラ社
ポプラビーチトップへ戻る