例年なら鳴り止んでいる筈のポルターガイストが何故か今年は終わる気配が無い。丑寅(うしとら)の方角から廊下を伝ってドンガラピッシャンと騒ぎ出し、未申(ひつじさる)の寝室で一休みした後に折り返して台所で暴れまわる。五月蝿(うるさ)い事この上ない。幽霊の運動会は師走にでも催されるのかと疑う程だ。
お札も塩も効き目が無いのでその道に詳しい友人に相談すると「あんた全然掃除してないでしょ」と指摘された。本当は掃除どころか衣替えすらしていない。居間ではハロゲンヒーターと扇風機が仲良く首を振っている。
彼女曰く「幽霊は蚊や花火と同じく旬のものだからして、夏が過ぎると墓石や縁の下なんかに隠れる。ただし夏の気配が色濃く残っていると、それに惹かれて集まってくる」のだそうだ。確かに我が家は蚊取り線香も浮き輪も、台所の排水溝から芽吹いた西瓜も、そのままになっている。
このままでは霊道に乗って全国各地から幽霊がバカンスにやってくると脅されたので、流石(さすが)の私も掃除を始める気になった。
埃を被った掃除機を引っ張り出し、手始めに家中を吸い取って回る。クリーナーが見つからなかったので、水拭きした窓ガラスは余計に汚くなった。そう言えば掃除をするなんて何年ぶりだろう。私は仕事で夫は家事。ずっとそうして暮らしてきた。けれど当の夫は今、仏壇の奥で新しい位牌になっている。
やがて日が暮れる頃、見違えたように綺麗になった家から騒霊は一掃されていた。達成感と妙な寂寥感に浸りながらお茶を淹(い)れていると、窓辺のカーテンが独りでにひらめく。まだ残っていたのか。そう思い目を凝らすと、磨いたばかりの窓の向こうに風鈴が一つ。去年の夏祭りに夫と一緒に買った物だった。私はそれを取り外そうと腰を上げ、矢張り止めてお茶を啜った。
風も無いのに揺れる風鈴の、凛々(りんりん)とした声が冬空に響くのを聞きながら。


