週刊てのひら怪談

2007年2月、字数制限800字の文学賞「ビーケーワン怪談大賞」から生まれた作品集が『てのひら怪談』として発売され、たちまち話題となり、その夏に開催された第5回の同賞は、質量ともに前年までを大きく上まわる活況を呈した。
2007年12月、第5回の応募作663編の中から選りすぐられた作品が、『てのひら怪談2』として早くも発売された。ここでは、その『てのひら怪談2』収録作家たちが新たに書き下ろした渾身の一作を、週替わりで2編ずつお送りしていきます。
800字怪談の精鋭が腕を競う『対の妖(ついのあやかし)』の諸相を、ご堪能ください!

青い花

 あたしと弟は花屋を始めることにしました。
 捨ててきた故郷の町にも花屋はあったし、魚の死骸と貝殻の粉の臭いがしみついたぼろ小屋を片付け、どんなふうに花を並べればいいかあたしは心得ていたのです。けれど肝心の花をどこで集めればいいか分からない。あんな色鮮やかに見栄えのする花は、神社の裏や線路沿いを一日歩き続けても見つかりません。この厄介な仕事の責任を弟に押し付けると、あたしは独り占めした毛布にくるまり毎日気だるく小屋で待つようになりました。
 「おまえは阿呆か。こんな薄汚い雑草、いったい誰が買いに来ると思う」あたしは弟が足を棒にして摘んできたかわいらしい花の束を、その柔らかい髪に投げつけて罵ります。「おまえがそれだけ薄のろだから、いつまでも花屋が始まらない。もう食べ物購(か)う金もないのにどうするつもり? 姉ちゃんのご飯にお前の尻っぺたでも齧らせるか? ええ?」
 罰として下着まで毟(むし)られた弟は、あたしに説教されるままにうつむいて非道く震えていました。毛布に耳まで埋もれていても染み透る寒さです。弟から奪った服さえ重ね着しているのに、あたしは歯の根が合わないのです。裸の彼の辛さはいかばかりでしょう。そう思うとあたしは弟が可哀想でならず、背を向けて密かに嗚咽をこらえるのでした。泣きたいのに泣けない気持ちよさに頭がぼうっとして、気がつくと屋根で烏が鳴いています。弟は生まれる前の子のように床に丸くなり、すでに少しも震えてはいませんでした。あとひと月で十三になるはずだった早春のことです。
 その晩からあたしは顔見知りの男を客に取り始め、すると嘘のように簡単にぬくい寝床や、甘いお菓子を手に入れることになります。ある日、小屋の裏手に見たことない真っ青な蕾が膨らんでいるのを見ました。恰度(ちょうど)弟を埋めた辺りの草むらです。成程花はこうして作るのかと知ったけれど、今さら用もない。毟ると蕾は僅かに栗の花と似た香がしました。

プロフィール

我妻俊樹(あがつま・としき)
こないだ気がついたら、自分が白くなっていた。汚れかと思って手で払うと霜だった。ペットボトルのお茶は凍るし、真冬に外で夜明かしするバイトはもう辞めにしたい。

向日葵の碑

 家はまだ其処にあった。記憶にあった通りの場所に、だが打ち棄てられて久しい廃屋となって。時折地上を激しく風が舞う。砂塵を道連れに狂ったように吹き荒れる。家がその都度きいきい耳障りな軋(きし)みを上げる。建っていること自体もはや奇跡だ。草茫々の庭を抜け、外壁伝いに裏に回り込むと、出し抜けに視界が開けた。同時に風景から一切の色が消えた。無彩色の世界、遮るものとてない渺茫(びょうぼう)たる荒野。その中央に、項垂(うなだ)れて立ち尽くすひょろ長い人影――立ち枯れた一本の向日葵が。 その刹那、眼前に眩いばかりの原色の情景が蘇る。嘗(かつ)てここは見渡す限り向日葵畑だった。紺青の空の下、何処までも続く黄と緑の群落。あざといまでの色彩の横溢。鎌で手当りしだいに薙ぎ払って、挙げ句火を放ったのは、あれは何時(いつ)のことだったか。
 昔の話だ、半世紀も前の晩夏。夏の名残の暑熱がまだ我らの身を焼いていた頃。
 ――何をしに帰ってきた、今になって。
 傍らから不意に閃いた声。私は溜った唾を呑む。手の中にあるものを握り締めながら。
 ――借りを返しにきた。五十年前の。
 向日葵の首がぐるりと廻ってこちらを向いた。顔が在った。顔、のようなものが。
 ――そんなものは忘れたね。五十年前、俺は自ら此処に植えられた。贖罪の為に。
 虚ろな空間に突如哄笑が響き渡った。背筋を戦きが滑り降りる。私は携えていた鎌を振り上げ、盲滅法に薙いだ。ぼたり、と重いものの落ちる音。薄目を開くと、それは地面の上で嗤うようにひとしきり花弁を震わせた。緑の液が鎌を伝う。罪は転嫁された。この先、担うのは私だ。本来贖(あがな)うべき者は。
 くぐもった哄笑が次第に弱まり、呟きに変わる。――莫迦(ばか)が、何の為に、今まで俺が。
 もとより返す言葉はない。私は直立したまま頭(こうべ)を垂れる。両脚は既にびくとも動かない。いつしか生え出した無数の繊毛が大地に私を植え付けている、彼の屍の、その上に。

プロフィール

沙木とも子(さき・ともこ)
冬のスペインの車窓に立枯れ向日葵? を見て帰ったら鞄がロスト。凹む間もなく療養中の父が他界、初7日の晩に鞄がひょっこり。友の曰く「お父さん、持っていきかけてやめたのかも」夢枕に立ったら訊いてみます。

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