週刊てのひら怪談

2007年2月、字数制限800字の文学賞「ビーケーワン怪談大賞」から生まれた作品集が『てのひら怪談』として発売され、たちまち話題となり、その夏に開催された第5回の同賞は、質量ともに前年までを大きく上まわる活況を呈した。
2007年12月、第5回の応募作663編の中から選りすぐられた作品が、『てのひら怪談2』として早くも発売された。ここでは、その『てのひら怪談2』収録作家たちが新たに書き下ろした渾身の一作を、週替わりで2編ずつお送りしていきます。
800字怪談の精鋭が腕を競う『対の妖(ついのあやかし)』の諸相を、ご堪能ください!

大人

 アパートが揺れてます。地震みたいです。すぐ終わり、余震はありません。まだ起きていた私はテレビをつけ、地震速報を確認します。でもどの局も速報は流していません。翌日、会社の同僚に聞いても夜中に地震なんかなかったと。そんなのが一ヶ月くらい続いていました。その日は取引先の会社が倒産したため、事後処理に深夜までかかってしまいました。何とか見切りをつけ帰路についたのは午前一時過ぎ。我が家が近づくにつれ疲労と解放感が押し寄せます。私が住むアパートの隣の二階家に何かいました。人みたいです、一応。とんでもなく大きいんです、五メートルはあるんじゃないかと。灰色のスーツをだらしなく着崩した中年の男です。大男は家の壁と近くの電柱にそれぞれ手をかけ、二階の、ある窓に顔を押し付け、窮屈そうに覗いています。あまりの出来事に呆然としてしまいました。大男が興奮した猿のように自分の体を大きく揺らしました。周囲に振動が広がります。怖くなった私は足音を忍ばせ、迂回してアパートに帰り、そのままベッドに潜り込みました。部屋に入る瞬間、強烈な視線を感じましたが無視しました。気がつくと外が何やら騒がしく……、朝になっていました。二階の自室から窓を開け外の様子を見てみます。隣の家に、建物の半分以上を覆う、黒っぽい巨大な布が重たげにかけられていました。布の端は道路にまで伸びています。家の周りには人だかりが。消防車と救急車も来ています。玄関を遮る布をはらい、中から救急隊員が担架を搬送し出てきます。担架に乗せられた小柄な人物は剃り跡が青々しい丸坊主でした。その家の一人娘の女子高生に似ています。視界の上の方で白いものがチラチラしていました。視線を移すと、電線に白いブラジャーが、一方の肩紐を通した形で、ぶら下がっているのが見えます。独りでに電線の間を行ったり来たりしています。ランドセルを背負った男の子が不思議そうにそれを眺めていました。
 

 

プロフィール

クジラマク(くじらまく)
ぶっちゃけます。幽霊が書けません。どうすれば幽霊が書けるのか見当もつきません。そもそも幽霊って何なのですか? 人間と幽霊、どちらが恐いのですか? どうして僕は慢性的な五月病なのですか? 誰か教えてください……。

ひつじの服

 小学生の時、通学路の途中に四階建ての古い洋風のアパートがありました。目に付く窓ガラスは全て砂ぼこり塗(まみ)れ。茶と紫の中間くらいの色をした外壁には英語でないどこか知らない国の言葉が無造作に書いてありました。手の入れられていない私有林にぐるんと囲まれた立地のせいか人気(ひとけ)もなく、そもそも住人が居るのか居ないのかもよく分らない、とても陰湿で陰気な感じのするアパートでした。
 ある登校時のこと、アパートの外壁の一部が損壊したのか、太さ二センチくらいの鉄の支柱が一本、歩道側に向かって突き出ていたことがありました。突き出た鉄柱は幸い当時の僕の頭の二メートルくらい上で、僕はその下を肩をすくめるように潜って学校に行ったことをよく覚えています。下校の時も鉄柱はそのまま残っていました。でも今度はその先端に何か動くものが。下からでは顔の部分が見えなくて正体ははっきりしませんが、おそらく林に生息するリスか野ウサギ、そんな感じでした。鉄柱に体を引っ掛けたらしく、ずんぐりの胴体からのびる短かい手足をひくひく痙攣させています。助けたくても辺りに足場となるようなものがなく困っていると、とても大きなカラスが二羽やってきて、その動物をちらちら観察し始めました。どうやら晩ご飯にと狙いをつけたようです。足場が四段ほどあるアルミ製の脚立が家にあったことを思いだし、それを引きずり急いでアパート前まで取って返すと、おかしなことにカラスの姿は消えています。そして鉄柱下の路上は、夥しい数の黒い羽が敷かれ、どこかの金持ちの所有する絨毯(じゅうたん)みたいになっていました。おかしなことがもう一つ。脚立を取りに戻っていた僅かな間に、鉄柱の高さがたとえ脚立がなくても背伸びすれば届くくらいの位置にまで降りているんです。動物は相変わらずその先端で顔を見せず手足を痙攣させています。
 と、僕が話せるのはここまで。この後のことについては何一つ記憶に残って無いんです。

プロフィール

斜斤(ななめ・きん)
『てのひら怪談2』にて「スコヴィル幻想」という名の作品を掲載させていただいています。チープでジャンクでちょっとピリ辛なお話です。機会がありましたら見てみてください。泣けます。

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