週刊てのひら怪談

2007年2月、字数制限800字の文学賞「ビーケーワン怪談大賞」から生まれた作品集が『てのひら怪談』として発売され、たちまち話題となり、その夏に開催された第5回の同賞は、質量ともに前年までを大きく上まわる活況を呈した。
2007年12月、第5回の応募作663編の中から選りすぐられた作品が、『てのひら怪談2』として早くも発売された。ここでは、その『てのひら怪談2』収録作家たちが新たに書き下ろした渾身の一作を、週替わりで2編ずつお送りしていきます。
800字怪談の精鋭が腕を競う『対の妖(ついのあやかし)』の諸相を、ご堪能ください!

ぬばたまの

 あれも幽霊画と言っていいのだろうか。両親に連れられて行った展覧会で、不思議な光景を目にしたことがある。
 大きさも色彩も似たり寄ったりな絵画の群れにすぐに飽きてしまった私は、大人たちが長たらしい挨拶を交わしている隙に会場の裏手に忍び込んだ。正面の作りこまれたような清潔さとは正反対の、乱雑な景色と薄暗く冷えた空気を堪能していると、柱の陰になった壁に一枚だけ絵がかかっているのに気づいた。近づいて覗いた額縁の中では、潤んだ目をした若い女性がこちらを見据えており、今にも何か話しはじめそうに思えた。先ほど陳列されていたどれよりも素晴らしい絵だということが分かると同時に、なぜこれが表に飾られていないのかと不思議に感じて眺めていると、不意に人の気配がし、狼狽した私は咄嗟にテーブルの陰に隠れた。
 絵の前に立ったのは若い男性だった。描かれた女性とどことなく面差しが似ているようで、その悲しげな表情から彼女が今はもう亡き人なのだということが読み取れた。彼は何か光るものを手にしており、絵に翳して一心に動かしはじめた。すると、額の中からさらりと黒い束が床へと零れ落ちた。鋏だ。男性が鋏を使う度、絵の中の女性の髪が切り落とされていく。そこだけが磨かれた床にわだかまった黒い塊は、青ざめた電灯の光を受けてきらきらと輝いている。流れるような黒。彼が髪を切り終え、絵に向かって手を合わせてから床を掃き清めて出て行くまで、視線が吸いよせられ一瞬たりとも逸らせなかった。そのことに気づいたのは、慌てて探しにきた母に肩を揺すぶられている最中。手足が凍りついたように固まっているのが分かってからだ。
 以来、理想の男性像を尋ねられたら「死んでからも私の髪を切ってくれるひと」と答えるようにしているが、残念ながらまだそういう人物には巡り逢っていない。
 

 

プロフィール

青木美土里(あおき・みどり)
仕事の忙しさを言い訳にメールチェックを怠る日々が続いたある晩、拙作がこちらに載る夢を見ました。どうにも気になってPCを立ち上げてみたところ、何と本当に掲載の連絡が。有難う、普段は休眠中の我が第六感。

音楽室の人々

 音楽室の肖像画の貼り替えを頼まれた。面倒なので断るつもりだったが、先生に「テストの点数をおまけしてあげます」と言われて、つい引き受けてしまった。この間の音楽の試験は、それはもう酷い出来だったのだ。
 肖像画は音楽室後方の壁に、横一列に貼られている。計十二枚。どれも日焼けと損傷が激しい。目や鼻の部分に刺さった画鋲に、額の“肉”“大往生”といった落書きも目立つ。いくら貼り替えたところで、結局はこうなってしまうのだろうけれど――まあ、手早く済ませてしまおう。
 だが、作業は捗らなかった。左右の目に押し込まれるようにして刺さっている画鋲は、どうやら接着剤で固定されているようで、画鋲外しが役に立たないのである。しかも、十二枚すべてがそんな有様だった。
 そこで、画鋲を抜かずに画を破り取ってみた。すると目の部分が破れて、壁に縫い付けられたかのように残ってしまった。壁に五対の目ができたところで、薄気味悪くなってやめた。
 今度は、木工室から拝借したラジヲペンチで画鋲を抜いてみた。すると、目の部分が破れて画鋲にくっついてきた。目を毟り取っているようで薄気味悪かったが、他の方法が思いつかなかったので、我慢して作業を続けた。
 壁の五対の目を含め、十二対すべてを毟ってしまうと、あとは早かった。てきぱきと新しい画を貼りつけていく。そして十二枚目を貼り終えたところで先生がやってきた。
 「あ、先生。貼り替え終了しましたー」
 「はい、ごくろうさまでした。後は私がやっておきますから、もう帰ってもいいですよ」
 「――いや、あの」
 もう終わったんですけど、と私が言うと、
 「目がきょろきょろ動いたら怖いでしょう?」
 先生はそう言って、接着剤と新しい画鋲を示してみせた。

プロフィール

米川京(よねかわ・けい)
半端に筋肉質で重度の活字中毒を患う会社員生活が二年目に突入し、何故か口内炎の発生率が急上昇。友人に「今まで釣った魚の呪いではないか」と言われて凹んだ。恩師と上司と同期にも同じことを言われてかなり凹んだ。

最新記事

バックナンバーページはこちら

ポプラビーチを読んだ感想をぜひお寄せください。
皆さまのおたよりお待ちしております。
感想を送る
WEB マガジン ポプラビーチ powered by ポプラ社
ポプラビーチトップへ戻る