週刊てのひら怪談

2007年2月、字数制限800字の文学賞「ビーケーワン怪談大賞」から生まれた作品集が『てのひら怪談』として発売され、たちまち話題となり、その夏に開催された第5回の同賞は、質量ともに前年までを大きく上まわる活況を呈した。
2007年12月、第5回の応募作663編の中から選りすぐられた作品が、『てのひら怪談2』として早くも発売された。ここでは、その『てのひら怪談2』収録作家たちが新たに書き下ろした渾身の一作を、週替わりで2編ずつお送りしていきます。
800字怪談の精鋭が腕を競う『対の妖(ついのあやかし)』の諸相を、ご堪能ください!

買物

 お買徳品に群がるわたしたち。きょういちばんのお買徳品にわたしたちが群がる。でもそのわたしたちのうしろをひっそりと通りすぎるわたしたちもいる。もう食べ物なんか必要としなくなったわたしたち。
 ざるに盛られた野菜が、しっとり光っている。スーパーの軒下、野菜がざるに盛られている。真夏の日ざし、灼けた路面。日除けがさしかけられていて、ざるの野菜に直接日はあたらない。新鮮な野菜は日陰で、みずみずしく輝いている。でもその野菜はもう死んでいる状態なのかもしれない。死んだばかりのからだのような、まだ新鮮な食べ物。と、しかしそんなばかなことをレジをぬけたところでせっせと戦利品を袋につめるわたしたちは考えたりしない。考えるようなわたしたちは、早死にするだろう。
 重い袋を前にうしろにのせてわたしたちは自転車で帰る。きびしい日ざしなどものともせず、家に帰るわたしたち。太い蛇のように、力にあふれている。でも店の外に一歩出た途端、軽いめまいを覚えるわたしたちもいる。ぎゅっと捩じ切られて蒸発する、意識が一瞬途切れそうになるその瞬間、さようなら、とわたしたちにかけられた声をきく。めまいからもどると、わたしたちに声をかけたわたしたちの後姿はもう小さくなってしまっている。その後姿を追いかけるようにわたしたちも帰ろうとする。陽炎(かげろう)に揺れる、曖昧に交差し分岐した道をたどる。途中、道端に置かれた花束がふっと目に入る。早死にしたわたしたちのための花束。花束の下、土のなか深く、どこまでも滴り落ちていくわたしたち。

プロフィール

貝原(かいはら)
来月のお買徳品は文庫版てのひら怪談ですょと、あやしげなチラシがポストに入ってましたので、ちょっと買いにいってきます。

箱の中

 マリッジブルーだかなんだか知らないけど、いい加減にして欲しい。金曜の午後の休憩時間から急にいなくなっちゃって。顔だけ知ってるあんたの後輩に、初めて話しかけられたわよ。「私服がロッカーに残ったままなんですけど」だって。知るわけないでしょ。会社の制服のまま何処行っちゃったって?
 土曜は土曜であんたの婚約者の、あの営業のあいつからまで電話があるし、こっちが驚いた。あいつ、あんたとあたしが同期だからって、仲がいいと勘違いして、あんたに近づく為にあたしを利用したんだよ。知らなかったでしょ。「君との仲を疑われていたから」だって。笑わせないで欲しいわ。
 決算期で殺気立ってる部署に、来るお客、来るお客、みんなあんたが何処にいるのかって訊いて来るし、どこまであたしに迷惑かければ気が済むの?
 今日は今日で、月曜だから早めに出社してみれば、何? この混雑。エレベーターが一台故障してる? よりにもよって高層階直通の方? ふざけんな。地下から十五階以上へは、この二台しか行けないっていうのに。
 同じビルで働いている人達が文句を言いながら犇(ひしめ)きあっていて、まあ、後ろから窺っている分には面白い光景だけど。だけど、あとの一台が来たら、この人達と箱の中。ぎゅうぎゅう詰めの乗り物なんて、通勤電車以外でなんかごめんだ。
 あら? でも故障中の方の扉が開いた。誰も乗ってない。なんだ、嘘だったんだ。みんな、さっさと乗っちゃってよ。
 え? やだ、もう満員? メタボばっかり揃ってるからそうなるのよ。少しはダイエットしろって。
 ほらやだ! あたしの華奢な片足ひとつ乗せただけで、ブザーが鳴っちゃったじゃない。もう。
 エレベーターから降りた私は、箱と壁の隙間から、ぺっちゃんこになったあの女が、ニヤニヤしながらこちらを見ているのに気づいた。

プロフィール

島村ゆに(しまむら・ゆに)
「この作品を載せるな」という陰謀が、何処かそこいらで張り巡らされているような気がしないでもないです(笑)。お疲れ様です。

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