<ゲスト>津原泰水さん(作家) その3


殺人事件が起こるだけでは、ミステリーとは呼ばれない。物語のきっかけになる「謎」の提示をどうするのか。萩尾さんのアイデアを、津原さんが展開させていくと――。
津原泰水(つはら やすみ)
1964年、広島県生まれ。89年に津原やすみ名義で少女小説作家としてデビュー。《あたしのエイリアン》シリーズで一躍人気作家となるが、96年に少女小説を引退。97年、怪奇幻想小説『妖都』を発表。主な著書に『蘆屋家の崩壊』『ペニス』『少年トレチア』『綺譚集』など。近著に、世界観をあらゆるアーティストに開放するという試み《憑依都市》の、土台をなす一冊として書かれた『アクアポリスQ』がある。

◆ミステリーを成立させるもの――謎の提示

津原:状況証拠的に殺人であると憶測させるとか。たとえばですよ、「いついつまでにその人物を殺してしまえ、という謀議を耳にしていた」といった事実があれば、自然死のようであっても「これは殺人だ!」と叫ぶ人がいて不思議じゃないですよね。(萩尾:うんうん)ミステリーでよく「その死には不可解な点がある」って言いますね。そうですね、「お風呂場で心臓発作で死んだくせに、なんでお化粧落としてないんだ?」とか(笑)。

萩尾:そういった不可解さが必要ですよね。

津原:あれ、殺されるのは女性……ですかね? なんでしたら「なぜパパがお化粧してるの?」でも(笑)。

萩尾:なるほど、そういった不可解さね……。靴下をはいたまま風呂に入っていたとか。

津原:「なぜその日に限って二回も風呂に入ったんだ? すごいお風呂嫌いだったのに」とか(笑)。となれば、その理由を真剣に考える人が出てきても違和感がない。

萩尾:なるほど。

津原:これ、だんだんいけそうな気がして来ました。発想の端緒としては悪くないです。そういう不審な部分を見つけるわけですよ。

萩尾:普通の人は気がつかないけど、探偵だけが気がつくような不審なところ。

津原:そうそう。どういうのがあるかな。人がお風呂に入る時、その人なりの行動パターンがありますよね、頭を最初に洗う人とか。それが違っていた形跡があれば、ちょっと変だということになる。

萩尾:いつも専用のシャンプーを使ってるのに、違うものが残っていた。

津原:いいですね。ゆえに偽装であるという。そういえば亡くなるのはどんな人なんでしたっけ。

萩尾:イメージでいくとね、80歳か90歳ぐらいのおじいさんで、すごい財産を持っている。

津原:では、こんな感じではどうでしょう。亡くなっているのを発見した家政婦さんがですね、「入浴中に亡くなったのは間違いありません」と言うんだけど、体を洗うナイロンのタオルが濡れた状態になっている。すると孫が「そんなはずはない、じっちゃんは若いときからヘチマしか使わねえ」と言う。僕も愛用しているんですが、ヘチマのタワシというのは乾いているとたいへん固くてパリパリしている。浴室のヘチマのほうを触ってみると、その日使われたとは思えないパリパリ具合である……いけて来ましたね。本当か? 疑念を感じた人物自身が事件を調査をするのか、それとも探偵役はよそからやって来る第三者なのかという、これも決めておかないと。

萩尾:よそから出てきたほうが面白いですね。孫がいて、孫の友達とか。

津原:もちろん全寮制の学校に入っていて(笑)。

萩尾:「休暇だから遊びにこないか?」とか言って、誘って来る。それじゃあ、三人ぐらいにしましょう。

津原:「君の家ってどこ?」って訊いたら、ロンドンの郊外だったり。

萩尾:え? 日本からロンドンの郊外まで?

津原:じゃあロンドンの郊外を彷彿させるような、なんか旧家なんですわ。いいじゃないですか。

萩尾:いいですねー。

津原:少年同士、離れで楽しくやってるわけですよ……だんだんどっかで読んだ話みたいになってきた(笑)。探偵役は――仮にホームズくんとしましょう、ホームズくんは旧家のたたずまいに圧倒されている。孫のほうは「どうしようホームズ」って泣きつくわりに、実はワトソン役だから泰然自若としたところがあり、むしろホームズくんが挙動不審だったり……。

◆二番目の殺人

津原:しかもそこで、たたみかけるように次の殺人が。

萩尾:あ、そうか二人目を殺さないといけないんですね。じゃあね、おじいさんが死んだらその財産がね、ほとんどこの人のものになるという人を、殺しましょう。それは誰かしら? 奥さん?

津原:存命中なら奥さんですね。

萩尾:それが三度目の若い奥さんで、25歳くらいなんです。

津原:若いなあ。年の差60ぐらいあるわけですね。

萩尾:私、そういう人にあったことがあるんですよ。御本人は70歳くらいで、「三度結婚しました」って言って、奥さんは20歳だっていうの。

津原:こう言っては失礼ですけど、どういう結婚なんだろうとつい勘ぐりたくなりますね。男女を逆にしても面白いかな。亡くなったのはおばあさんで、相手は主人公たちよりちょっと上くらいの美青年。「歳の差なんか関係なく、本当に彼女を愛してたんだ」と言う。それが三人目の夫。

萩尾:なるほど。その人の職業は何でしょう。ホスト? 違う……。保険のセールス? 薬剤師とか。(携帯電話が鳴る)す、すみません!

津原:いいですよ〜。皆さん、これが萩尾さんの携帯の音です。今のはビゼー?

萩尾:はい。『カルメン』の「ハバネラ」です。

津原:「♪ジャジャンジャンジャン!」というところで驚く曲ですね。ええと仕事ですが、美容師だとかの出入りの人だったというのが、いいんじゃないですかね。

萩尾:おばあさんの家に出入りしてるうちに見初められて、三度目の夫になる。

津原:森光子みたいな大女優の屋敷だとか。すると夫役のキャストもおのずと決定してしまう(笑)。

萩尾:ではそのモリミツコさんの若い旦那が、次に殺されるわけですね。

津原:殺されちゃうんです、ベタな展開で申し訳ない。しかも彼はちょっとホモっぽい野郎なんですね。主人公に手をだそうとしたり。

萩尾:楽しそうですね(笑)。

津原:主人公の一人はモリミツコの孫なわけだから、「絶対あいつゲイだよ。おばあちゃんには本当はぜんぜん興味なかったんだよ」などと証言する。うん、これ書ける。大筋はベタなほうがいいんです。一行で紹介できるくらいがいい。ちゃんと録音とってありますよね?

萩尾:あ、そうですか〜。

津原:ちなみに萩尾さんが作品を応募なさるとき、まったく違うペンネームにして新人としてというんだったら、きっとアリですよね、覆面作家になるわけだけど。でも、たとえば「坂東夏生です」って、横の写真が萩尾さんだったら「これ萩尾望都じゃん」ってわかっちゃうから、マスコミに出ちゃだめですよ。よく小説誌は目次に顔写真が載っているんですが、萩尾さんは代理を立てないとダメです。

萩尾:うちの猫の顔を出しときます。

津原:それなら大丈夫。自分で似顔絵を描いてもだめですよ(笑)。絶対ばれますから。それにしてもこのストーリーは、ここに萩尾さんのセンスが加わればいけそうな気がします。もちろん最後には大仕掛が。

萩尾:そうですね、これイントロですもんね。

津原:まだまだ序盤です。『バルバラ』で「最後にひっくり返してしまった」とおっしゃったけれども、終盤はそのくらいにですね、いろんな要素がオセロゲームのようにひっくり返っていく、それまで読んできたタームの意味が、まるきり入れ替わってしまうようなカタルシスがあったほうがいいですね。

萩尾:すごくオーソドックスなパターンでは、たとえば殺された大女優のお金持ちのお屋敷は、地域に貢献してきた誰からも恨まれる筋合いのない、立派な人達だということにしておいて、実は……。でもこれ、すぐにばれそう。

津原:描き方ですよね。とはいえ「館モノ」というかゴシック風なミステリーだと、パターンがかなり極められてしまっています。そこでお弁当屋に勤めているというお手伝いさんをクローズアップすることによって、今風な視点が出てくる。かもしれない。

萩尾:そうですね。

◆アイデンティティの物語


萩尾:ちょっと話はずれますけど。もしネタを思いついたら書きたいなと考えている設定があるんですよ。きっかけは、ある鳥の生態の話を聞いたことなんです。鳥の名前は忘れましたけど、ウグイスくらいの小さな鳥なんですね、春の鳥で。メスが巣を作って、そこにお呼びがかかってカップリングして卵を産むわけです。その鳥のオスは、何羽ものメスに巣を作らせるので、一羽で四つぐらいの巣を持ったりする。全部自分の子供たちですよ、すごいですよね。それで、人間はそんなふうに誰にも知られずにいくつもの家庭を持つことができるんだろうか、と考えたんです。

津原:はあ、いくつくらい持てるんでしょうか。

萩尾:ねえ。四つくらいかな〜って、思って(笑)。

津原:凄い。生々しく具体的ですね。

萩尾:それで、主人公の男性が、四つの家庭を持つ過程というのを考えたんですよ。あるとき、タクシーに乗ったら運転手さんが、「僕はね、タクシーの運転手をする前は販売員やってたんですよ」って。「どんな販売員ですか?」と聞いたら、「知らないでしょうが、金属の粉を売るんです。シャーレみたいなものに詰めて、本にとじて、それをいろんな工場へ持っていくんです。日本国中行きましたよ」って言うの。「日本国中に行くって、じゃぁ奥さんはお留守番してるんですか」「そうですよ、もう一ヶ月も二ヶ月も帰りませんよ」って。まず、この人の奥さんが一人ね(笑)。一ヶ月か二ヶ月かに一回、帰ってくればいいわけだから。

津原:そうか。家をあけている事情があればいいんですね。じゃあ船乗りはアリですね

萩尾:船乗りもアリですね。でも、着いた港の先々から電話をするとか、葉書を送るとか、お土産とか、必要かも。

津原:ジェット機から電話するとか(笑)。そういう人、いましたね。

萩尾:いたいたいた(笑)。

津原:いいですね。海外の蝶の標本を送ってくるとかね。

萩尾:それで、とにかくその主人公の男は最初に死んじゃうんです。それで身元を捜したら、奥さんが次々に四人現れる。

津原:それで、仲良くなっちゃうんですか?

萩尾:いやいや、なんで四つも家庭を持ったのか、とか、なぜばれなかったのかっていうのが、筋になるんだけど。なんでかな? というそこらへんで詰まるんですよ。なんでそこで、ばれなかったのかな?

津原:それ、まさに『バルバラ異界』的なアイデンティティの物語たりうるというんで、興味をいだかれたれたんじゃないですか。萩尾さんには、主人公が自身のアイデンティファイに腐心する話が意外と多いですよね。「私は誰某だ」と言っても周囲は信じてくれない。逆に「自分は何者なのか」と問い続ける主人公も多い。それは萩尾さんが日頃、そんな風に感じられているから?

萩尾:不思議ですよね。人間は何かに帰属したいと思いながら、まったく同じになってしまうのが嫌だ、とも思う。こう、つかず離れずの兼ね合いがすごく難しい。私は一人で、誰とも違うんだと思うと寂しいし、かといって「同じなのよ」と言われると、違うと思うし。なかなかそこらへんはうまくいかないな、みんなどうしてるんだろ(笑)。

津原:みんな悩んでいるんじゃないですか? 僕は……どうでしょう。ひたすら野放図に生きていますが。

萩尾:私がそこで考えるのは、育ち方の過程で理想の子供像とか理想のキャラクター像を押しつけられると、自分を容認できなくなるんじゃないかと。たとえばうちの両親は特に厳しい人達だったので、理想を押しつけてきて、それ以外は全部シャットアウト。そういうあなたはいない、っていう感じで。そういう子供はいない。そんなことをしてはだめ。だから容認される部分が非常に少ないんだけれど、でも、本人ははみだしちゃうじゃないですか。では、はみだした部分を誰に容認してもらうかという作業になってくる。時々、実家に帰るんですけど、家で親が期待する人間像をつい演じてしまうんですよ。

津原:えっ、今でもですか?

萩尾:今でもですね、けっこう。それでも、私が言うことをきかないので、「ある程度わがままはしょうがない」と、思ってくれているけれど、もちろん理解してはいない。

津原:萩尾さんが漫画家になられた時代、とりわけ女性がそういう選択をするというのは、周囲から見ると大変なことだったんじゃないですか。

萩尾:親にとっては大変だったみたい。

津原:職業だと認められていなかったふしがありますね。

萩尾:まったくそのとおりですねえ。だから私やアシスタントさんが仕事をしてる現場にも、遊びに来て見ているんですけど、仕事が終わって私がアシスタントさんにこう、「御苦労さまでした」とか言って、封筒にお金を入れて払うのを見ると、みなさんが帰ったあとで、「なんでお金払うの?」と言うんです。「え? だって手伝ってもらったから」「でもあの人たちはアシスタントさんなんでしょ?」「そうだよ」「お弟子さんでしょ?」「お弟子さんだよ」「普通はね、先生のところにお弟子さんがお金を持ってくるんだよ」。私は絵の塾を開いてるんじゃないんだけど(笑)。それくらい、ちょっとずれてる。

津原:弟子だとすると、せめて田舎からお米が送られてきたり(笑)。はあ、はあ、はあ。絵のお師匠さんだというのなら、まだしも理解はできるけれども――ってことですか。

萩尾:全然わかんなかったみたい、ですね〜。

(次回更新日は4月10日です)
 
 

【萩尾望都】
1949年福岡県生まれ。
1969年「ルルとミミ」でデビュー。『ポーの一族』『11人いる!』で第21回小学館漫画賞を受賞。『残酷な神が支配する』で第1回手塚治虫漫画賞を受賞。
際立ったアイデアと世界観、詩的なネーム、確かな画力に裏打ちされた美しい絵柄で、少女漫画の地平を広げてきた。また劇団夢の遊眠社のために『半神』を戯曲化するなど、さまざまなジャンルで活躍を続けている。


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