<ゲスト>津原泰水さん(作家) その2


ミステリーといえば、欠かせないのが「探偵役」。ホームズとワトソン、京極堂と関口、そしてブラックジャックとピノコ――萩尾さんが考える、魅力的なペアの条件。
そして津原さんの「○○○○萌え」があきらかに!
津原泰水(つはら やすみ)
1964年、広島県生まれ。89年に津原やすみ名義で少女小説作家としてデビュー。《あたしのエイリアン》シリーズで一躍人気作家となるが、96年に少女小説を引退。97年、怪奇幻想小説『妖都』を発表。主な著書に『蘆屋家の崩壊』『ペニス』『少年トレチア』『綺譚集』など。近著に、世界観をあらゆるアーティストに開放するという試み《憑依都市》の、土台をなす一冊として書かれた『アクアポリスQ』がある。

◆ 魅力的な「ペア」

萩尾:また話は飛びますけど、「萌え」で最近びっくりしたのは、ブラックジャックの特集がありますよね。秋田書店から出ているブラックジャックの単行本で、『ブラックジャックALIVE 』というのが、あるんですが、いろいろな漫画家が、ブラックジャックの話を、新作で、書き下ろしたモノを、単行本にしているんですが、その中でアッチョンプリケのピノコちゃん、あの子をね、みんながものすごく夢中で描いているんです。可愛がって、可愛がってねえ。それで、「あ、みんなピノコに萌えてるんだ、こんな萌えキャラだったのか」と、そのとき初めてわかったんです。だから、今のところ「萌え」っていうと、ピノコちゃんがポーンと浮かぶ(笑)。

津原:ピノコ好きって多そうですね。

萩尾:ブラックジャックとピノコも、ある種のペアですね。

津原:そうですね。ピノコって一種の人工少女でしょう? ブラックジャックとピノコのような、クールなヒーローと人工の女性という組合せは、ひとつの類型かもしれないですね。寺沢武一さんのコブラとレディといい、なんかこう、男のロマンみたいな(笑)。

萩尾:そうですね。ペアで行動するときに男女だと難しいのか、ミステリーだと探偵が男でパートナーも友達だったり、男が多いじゃないですか。でも『BJ』は女の子の助手がついて非常に成功している部類じゃないかなーと。

津原:そうですね。本当は男女なんだけれど、まったくいやらしさがない。ピノコというキャラクターの造形がそれだけ巧みだったということでしょう。

萩尾:私は笠井潔さんの『バイバイ、エンジェル』がすごく好きなんです。矢吹駆(やぶきかける)さんという、クールなイケメンが出てくる、パリを舞台にした小説です。あそこに、彼氏に片思いして、どんどん深みにはまっていくパリジェンヌが出てくるでしょ。あれがやっぱりいいペアだなと思うんだけど、彼女がなかなか活躍させてもらえないんですよね。狂言回しだけで、もったいないなーと思いながら、「もっと優しくしてあげて、駆さん」って感じでいつも、読んじゃうんですけど。

津原:女性的な視点ですよね。

萩尾:でもその冷たいところがすごく素敵なんですよ。

津原:それも女性の視点ですね。やっぱりクールじゃなきゃ・・・・・・いかんですかね? 男は。

萩尾:いやそんなことは・・・・・・ないです。でも、あたふたしてる探偵なんているかしら(笑)。

津原:あたふたしてる探偵・・・・・・泡坂妻夫さんの亜愛一郎なんてのは、かなりすっとぼけた探偵ですよ。でも推理自体があたふたしてたらだめですよね(笑)、せめて推理においてだけは冷静な人であってほしい。

萩尾:それとか、横溝正史さんの主人公、いつも髪をがしがししている金田一耕助もその線で。

津原:いつも次の殺人に間に合わない(笑)。

萩尾:(笑)ああそうか、その手もあるね。必ず次の殺人に間に合わない。これもいいポイントですね。

津原:ポイントの高いポイントだと思います。解決しきれないうちに次の事件が起きる。アガサ・クリスティなんかも、だいたいそういうパターンですよね。そういえばクリスティの探偵と聞き役、ポアロとヘイスティングスもなんとなくホモっぽいですね。むう。

◆ミステリーの「語り」

萩尾:そんなにたくさんは読んでないんですが、イギリスのミステリー小説で面白いなと思うのは、シャーロック・ホームズにワトソン君がいるみたいに、ポワロにはヘイスティングスがいて、この不思議な人間関係は「御主人様と飼い犬」みたいだなーと思って。犬の国だからそうなるんだろうか、なんて考えていたんですけど。

津原:たしかにワトソンもヘイスティングスも犬的ですね。猫的ではない。

萩尾:うん。忠実ですよ、お友達は。ま、ポワロにもヘイスティングス・・・・・・。

津原:かりにワトソンに裏切られたら、ホームズは精神的にきついでしょうね。「ワトソンの野郎、嘘ばっかり書きやがって」とか。小説としては魅力的な題材ですけど、これ、公募新人賞を獲ろうって話ですよね(笑)。だったら、そういうメタフィクション構造といいますか、記述者が嘘つきでしたみたいなこと、最初からやらないほうがいいと思いますよ。本が出てシリーズが続いてからやってください。

萩尾:その典型なのが『アクロイド殺し』ですね。

津原:それ以上言うと、ばれちゃいますよ(笑)。

萩尾:私は中学校の頃に読んだんだけど、最後がすっごい怖かったですね。お父さんが犯人だと言われたみたいに。

津原:それまで信じていた関係性に、揺らぎを感じてしまうようなところがありますね、あの結末には。

萩尾:凄いショックでした。

津原:一応、嘘は書いてないんですよ。語る局面を選択してあるだけであって。

萩尾:クリスティは結構この書き方がうまくて、私が読んだだけでも三作品、同じ目にあってます。要するに事件の第三者が、その事件について書くことを求められるわけですね。だからいろいろ正直に思い出して書いていくんだけれど、その人自身にも事件全体に対する先入観があるわけですよ。たとえば、すごくきれいな奥さまがいらっしゃるわけ。で、彼女の使用人だから、ファンで、とってもいい方だと思ってお仕えしてるから、そういう記述にずうっとなっていくんです。でもいろんな噂を聞くんです。実は怒りっぽいとかケチだとか、なんだかんだと。それをね、こんなふうに言うのはある人がホントは変な事をしているからだと思って、そういった彼女の斜めの見方も、小説の中にどんどんはいっていって、読んでいると、彼女の見方にきれいに染まっていくんですよ。だからもう最後にやっぱり不思議などんでん返しが来て、彼女も目からウロコの状態のときに、私も目からぼろぼろとウロコが落ちて。で、「もう、またかいクリスティ、だまされたな〜。うまいな〜」と思いました。

津原:そういう、受け手によって同じ人物が別人のようであるという描写、人間の多面性の表現は、萩尾さんの『残酷な神が支配する』にも顕著ですよね。あの作品のあと萩尾さんは『バルバラ異界』に移行されるわけですが、そちらはまさしく「認識の物語」であり、いま萩尾さんの興味はそこに向いているのかな、という感じがしたんですけれども。

萩尾:そうですね、人間をまるごとは見えないじゃないですか。こっちが見えたりあっちが見えたり。そこにタイムラグがあったり差異があったりする。で、そこが面白いし不幸だし、で、恋愛なんかしているうちはその幻想に浸られてるから幸福だし。
――なんか、そこらへんでいいネタが降ってくると、400万円獲れるでしょうか(笑)。

◆キャラクターの創りかた

津原:うーん・・・・・・獲れないとは言いきれません。それにしても萩尾さんの、自作のキャラクターへのコメントは面白いですよね。「このお父さいい人に描きすぎちゃった」って簡単に言っちゃったり。読者はそこに凄く感動してたりするんだけど、作者に「いい人に描きすぎちゃった」と言われると、「そうですね、悪い人でしたね」としか言えない(笑)。ミステリーといえばこの話をしようと思ってたんですが、『11人いる!』はまさにミステリー構造を最大限に活用した物語、SFミステリーの傑作ですよね。400万円コースです。ところが僕ら後続におおいに影響を与えたタダという主人公を、萩尾さんは「なんかいい子に描きすぎちゃって、面白くなくなっちゃった」と平気でおっしゃる(笑)。

萩尾:そうなんですよ。

津原:クールであったり、斜に構えた主人公のほうが気分が乗ると。

萩尾:そう、そうですね。特にあの『11人いる!』の主人公のタダっていうのは、私が読んでいた当時の少年漫画に出てくる、正直でまじめな、ごく普通のいい男の子なんですね。そういうキャラクターをスライドさせて、抵抗なく描いていったら、途中からほんと話が動かなくなってしまって。

津原:能動性がないっていうか。

萩尾:そうそう、自分から動かない人。たまたま物語の設定では試験で動かざるを得ない状況があったからいいけど、変なこともできないし。

津原:「つきあってみたら、わりとつまらない人だった」みたいな(笑)。

萩尾:そうね、なんか真面目なだけで。でもその真面目さも変なふうに真面目にいってしまえばいいんだけど、そこまでいくほどの特異性もないし。たとえばですけど、こんなふうに、「あ! しまった、キャラクター失敗した」というときに、いったいどうすればいいのか、そのコツも教えて欲しい。

津原:え? 僕がですか(笑)。僕が萩尾さんに何を教えるというんでしょう。いやっ、そういう時はもうスライド方式でしょう。たとえば『天才バカボン』みたいに、脇役だった「バカボンのパパ」を主役にスライドさせてしまう。『11人いる!』においても、しだいに萩尾さんの「王様萌え」が明瞭になっていくわけですが(笑)。

萩尾:そうですねえ。

津原:また会場に頷きのウェーヴが。『11人いる!』の王様ことバセスカがなぜ面白いかというと、国を統治するという使命感がすごくある方だから――ある方、ってキャラクターに敬語使うのって変ですね(笑)。あるいは『メッシュ』でいえば、メッシュは自分自身から逃れるために、次々と行動を起こしていく。一見すると消極的なキャラクターなんだけれど、能動的に物語を引っぱっていく存在である。そういう風に考えると、タダがつまんなかったというのも、なんとなく理解できます。ただし読んでいるほうはそんなこと考えつきもしないわけで。「フロルが男になっちゃったら、タダはどうするんだろう」なんて心配したりするわけで(笑)。おそらく男性の多くには「ピノコ萌え」と同時に「フロル萌え」というのがありまして。(萩尾:笑)すみません(笑)。中間的、中性的な存在への憧憬ですね。『マージナル』で、綺麗だった子が髭をはやして出てくるじゃないですか。ああいうのって、ちょっとくらっときますよね。くらっとくると言っても嬉しいという意味じゃなくて、なんていうのかなあ。

萩尾:呆れて? くらっと? 

津原:初恋の女の子が髭をはやしはじめたら、生理的にイヤですよね。不条理ですよね(笑)。それを平然と描いちゃうところが、やっぱり女性の作家だなあとも思うし。男にとってはある意味、夜ごと夢に出てくるほどの恐怖かも。

萩尾:初恋の女の子が、髭をはやして出てくるという夢(笑)。

津原:そうそうそう。いろんなバリエーションで夢に出てきそうな気がしますよね。「君の腕、そんなに毛むくじゃらだったっけ」とか。

萩尾:あぁ。いいですね。

津原:いいですか?

◆見立て殺人とトリック

萩尾:そのネタはすごく400万に近づいたという気がする。赤頭巾ちゃん気をつけて、じゃないけど、「おばあさんの耳はどうしてそんなに大きいの?」。

津原:それは「見立て」ですね。クリスティの『そして誰もいなくなった』にマザーグースが絡んでくるように、『赤頭巾ちゃん』に見立てているかのような殺人が起きる。探偵が「この無駄にも見える連続殺人は、赤頭巾ちゃんの再現だ」と叫んで、みんながそうかと気づく。なんのために見立てているのかが、よくわかんないですけどね。

萩尾:なぜ『赤頭巾ちゃん』に見立てる必要があるのか。

津原:「死体で赤頭巾ちゃんの物語を築こうとしている」と。こういうのはまさに横溝さんの世界ですね。伝承や歌を巧みに取り入れるっていうのは、審査員受けが期待できるのでは。

萩尾:んー、それは確かにいいですねぇ。

津原:クックロビンとか(笑)。

萩尾:クックロビンねえ。やっぱりこの場合は、日本の伝統的なものを使いたいな、と。

津原:なんと言っても「横溝正史ミステリー大賞」ですから。

萩尾:『桃太郎』とか(津原:笑)『かぐや姫』とか。日本の伝統的なお話で、何かミステリーなものってできないかな。『源氏物語』はどうでしょう。『源氏物語殺人事件』。

津原:ああ(笑)。……すみません、一人でバリエーションを妄想していました。ええと『枕草子殺人事件』というのは、あんまりピンと来ないですね。

萩尾:光君ていうね、御曹司がいるんです。この人がすごくニュートラルでいい人なわけ――すぐわかっちゃうね、これだと。

津原:いや(笑)、それはここのトークを、今までの流れを聞いてるから何となくわかっちゃうだけであって。

萩尾:で、彼の愛している人が次々と死んでいく。ま、死にますよね、光源氏の周りでは。それをなんとか現代の密室館殺人事件と結びつける。

◆密室のトリック――「風呂場ミステリー」でいこう!

津原:はい。密室館ということは、その光さんは密室に住んでいるってことになりますね(笑)。密室ってどうなんでしょう。萩尾さんは密室を描かれたことあります?

萩尾:いや、ないです。密室は好きなんだけれど、「よくみんな考えつくなあ」と思って。

津原:僕も密室らしい密室はないですけれど。でも好きか嫌いかといったら好きですよ。ミステリーのミステリーらしい要素がそこに集約されるから、かな。かつて「密室の一つも出てこないようじゃ、江戸川乱歩賞は難しい」と言われていた時代がありましたが、最近はそうでもないですね。

萩尾:密室を出すと、延々と状況説明をしなきゃいけなくなるでしょう。窓がいくつあってとか、そこに鍵がかかってて、「何時から何時まではここにいましたね」とか。出はいりした人はいませんとか。そこらへんを読んでいると、私はだんだんこんがらがってくるんです。

津原:けっこう飛ばして読まれるタイプですか?

萩尾:ちょっと、うん。

津原:ぼくもわりと飛ばしてしまうんですよ。

萩尾:だからシンプルな密室がいいな、どっちかというと。たとえばお風呂場で死んでいる。ドアは一個。

津原:ドア一個ですよね、ふつうお風呂場は(笑)。

萩尾:窓には柵が。

津原:はいはい、はい。

萩尾:お風呂場とかトイレとか、それぐらいの小さい密室だったら、わりと想像がつくじゃないですか。どんな部屋かとか。

津原:あ、読者のほうがですね。ええ、仮にユニットバスなんかだと、出来合いのユニットですから、どこんちも似たような状況ですよね。じゃ「風呂場ミステリー」をやっときますか。

萩尾:「風呂場ミステリー」を書きましょう。で、どうやって密室になったのかな?

津原:この場で考えるんですか。大変なことになってきました。密室ねえ、風呂場で……風呂場で密室。だいたいまぁ、内側から鍵をかけてしまえば密室なわけですけれど。

萩尾:でも思うに、たとえばお風呂場が密室で、殺されてる。で、凶器が見つからない。たとえば胸を刺されて殺されている、凶器が見つからなくて、内側から閉まっている――となったら、普通の殺人事件なら絶対どっかから入って犯人は逃げたんだと思いますよね。私が時々思うのは、どうしてそんなわざわざばれるような殺し方をするわけ? 沈めれば、「あ、心臓発作でおぼれたのね」ですむから、そのほうがいいじゃない。

津原:それじゃばれないから困る。ミステリーにおいては、ばれなきゃいけないんですよ。誰も殺人事件だと気づかなかったり、探偵が「わからん」と言って終わるわけにはいかないので。

萩尾:そうですよね。たとえば大きなお屋敷のユニットバスの密室で、あの老人が死んでいる。

津原:ユニットバスでいいんですか(笑)。

萩尾:ユニットバスじゃない、もうちょっとデラックスなバスで、老人が心臓発作かなにかをおこして沈んでいるのが発見されたと。老人は内側から鍵をかけてたから、これはもう心臓発作で死んだんだろうなと思っていたら、お葬式が始まると誰かがやって来た――、んー、孫の、津原さんあたりが。

津原:あ、僕が。

萩尾:そう「これは殺人だ」っていう時に、何を根拠にして言うんでしょう? ああ、なんでミステリーって、こんな難しいの(笑)。

(次回更新日は4月3日です)
 
 

【萩尾望都】
1949年福岡県生まれ。
1969年「ルルとミミ」でデビュー。『ポーの一族』『11人いる!』で第21回小学館漫画賞を受賞。『残酷な神が支配する』で第1回手塚治虫漫画賞を受賞。
際立ったアイデアと世界観、詩的なネーム、確かな画力に裏打ちされた美しい絵柄で、少女漫画の地平を広げてきた。また劇団夢の遊眠社のために『半神』を戯曲化するなど、さまざまなジャンルで活躍を続けている。


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