犬部を去った上級生たちの言葉は、ある意味では正しいのだろう。
部員たちがそれを今も否定できないのは、彼らに対して絶対にかなわないという想いがあるからだ。
助けが必要な動物がいたら、何の躊躇もなしに手をさしのべられる。それは、どんなときでも変らない。これまでの犬部を支えてきたのは、そんな理想をかぎりなく現実に近づける圧倒的なエネルギーと行動力を持っている者たちだった。
でも、部員の数が増えて組織が大きくなった今、<個人の方針>と<部の方針>は、分けて考えなければならない。
そんなことをしたら、愛護への集中力が落ちる。先輩たちは、きっとそういうだろう。
たぶん自分は、愛護に向いていない──。
ミーティングのなかで上級生と意見を交換しあい、個人的に何時間も話した結果そう思ったのは、四年生の石川真弓だった。
石川は二年生で十和田キャンパスに来てから、ずっと犬部の活動に参加してきた。これまでにアパートで預かって世話をした動物は、猫を中心に二十数匹以上。離乳していない子猫七匹をひとりで世話したこともあった。
一匹ずつミルクを与えて、排泄をうながす。それが最後の七匹目まで終わってまもなくすると、もうつぎのミルクの時間が来てしまう。眠る時間も、食事をするのもままならない。大学の授業との両立なんて、きっと本当は無理だったのだろう。けれど、そうやって救った命は今、それぞれの飼い主にとってかけがいのない存在になっている。
そんな石川だから、もし「愛護に向いてない」と言ったら周囲はとまどうだろう。
でも、自分ではわかっているのだ。
たとえば避妊去勢手術のこと。
せっかく生まれてきたのに、飢えや病気に苦しみながら路上で死んでゆく。世話ができないからと、飼い主の手で保健所に持ち込まれ処分される。こうした不幸な命を減らすためには、避妊去勢手術が解決策のひとつだということは、動物愛護活動にたずさわる人々のあいだでは、今や常識になっている。
犬部でも機会があるごとに、譲渡会やイベントの来場者に対してその効果や大切さを伝えてきたし、新入生には毎年レクチャーしている。それを聞いた者の最初の反応は、おおむね決まっている。
「かわいそう」
健康な動物を手術台に乗せて、臓器を摘出する。なんて残酷なのだろう。動物の妊娠や出産をコントロールするなんて、人間のエゴではないのか?
しかし、過酷な環境のなかで常にストレスを受けて生きること、またそれさえできない動物たちのことを説明すると、多くの人はそのほうがはるかに残酷だということを理解してくれる。
この考えについては、もちろん石川も納得している。上級生として後輩に指導もしている。でもそれは<犬部で活動しているとき>という条件がつく。
石川の実家は、関西のある町の住宅街にある。
交通量も多くない家の近所では、たくさんの猫が気ままに歩きまわり、日向ぼっこをしたり、昼寝をしたり、そしてときには縄張りを争ってケンカをしている。
そこには飼い猫もいるし、野良猫もいる。
都会では、もうあまり見られなくなった光景だ。ここ数年、獣医師や動物愛護にたずさわる人間が、猫を家のなかだけ飼うことが望ましいと言うようになった。主な理由は、避妊去勢手術がされていない野良猫との接触、そしていまだ治療法がみつかっていない猫エイズを予防するためだ。
命を守るという意味では、たしかに意義があると思う。でも、自分が生まれ育った町の風景を思うと石川は、やはりどこか不自然に感じてしまうのだ。
石川がまだ高校生の頃、近所の野良猫を一掃しようという話が浮上したことがあった。それは糞害などが原因だったけれど、ほとんどの住民は反対した。なかには特別に動物好きとは思えない人々も含まれていて、石川には不思議だった。でも理由を聞いて、ようやく納得した。
「猫でさえ自由に歩けないような町で、人が安心して暮らせるはずはない」
自分がこの町で生まれ育ったことに、静かな幸福感を覚えた。
だから、やはり正解はない。石川は、そう思っている。
自由を謳歌している猫たちが路上で最期をむかえることは、本当に不幸なのだろうか?
動物として自然の営みの結果生まれた命。それがはかなく消えるのは、それほど悲惨なことなのだろうか?
生涯を屋内で暮らす猫の一生は十五年以上。一方、路上生活の猫は五~六年といわれている。けれど、短い生涯が不幸と決めつけて、本当にいいのだろうか?
乱暴なことをいえば、人間だって行動範囲が広くなれば怪我をすることもあるし、病気になる可能性も高くなる。交通事故で死ぬことだってある。でもそれ避けるために生涯を箱庭ですごす人は、たぶんいない。
しかし、こうした考え方は、やはり今どきの動物愛護と相容れないものなのだろう。だから石川は、自分の愛護精神は<ほかの部員の半分くらい>だと思っている。
そして、そう考える理由はもうひとつある。
石川には、高校時代から妙に潔癖なところがあって、実は今も変っていない。
ある水準以上に部屋が汚れることが耐えられない。ごく普通の動物の世話をするのは問題ないけれど、排泄のコントロールができない成犬や成猫を預かることは、考えただけでも苦痛になる。自分の部屋が常に悪臭にまみれている状態なんて、想像もできない。
だから預かるときは、その可能性が低い動物を選んできた。
あるとき、そんな石川の本音に気づいた上級生から、やんわりと指摘されたことがあった。その通りなので、否定はしなかった。
でも、質問は心に刺さった。
「だったら、どうして犬部にいるの?」
ほんと。なぜだろう?
犬部が無期休部になってからは、それについてなおさら考えるようになった。ほかの部員にくらべると自分の気持ちは、あきらかに動物愛護から遠いところにある。でもなぜか、このまま離れることができない。
それどころか、活動を再開させたいという気持ちは、日々強くなっている。
新たなスタートをするためには、内外のあらゆることをクリアさせなければならない。そのためにも自分は、ここにいるべきなのだ。
石川がそう思うのは、愛護から気持ちが一歩退いているから。
どうしても熱くなれない。でもだからこそ、部員それぞれの意見を冷静に聞くことができる。それぞれの言い分。それぞれの理想。主義主張も理解できるし、したいと石川は思っている。
動物愛護なんて、ちょっとオカシイくらいじゃないとできないんだよ──。
創設者の太田の言葉の意味が、今はなおさらよくわかる。ここに集まるのは、それぞれに考えを持っている個性的なタイプの学生ばかり。「やりたい」という気持ちは同じ。けれど、ほんの少しの意見の違いが、当事者どうしにとってはものすごく大きなギャップになってしまう。それは、真剣に動物を助けたいと思っているからおこることなのだけれど、それでは今までと同じ道を歩んでしまう危険性がある。
そのエネルギーを現実の世界のなかで軌道に乗せるためには、各自の考えを整理して、意見が重なりあう部分をみつける役が必要だ。
自分ができるのは、たぶんその部分。
犬部はもうすぐ動き出す。やりたいという部員たちがいるかぎり、自分はそれをサポートしていこうと石川は誓うのだった。
大学のサークルとはいえ、体制を根本から立て直すのは予想以上に大変なことで、だからほとんどのメンバーにとって、年末までがあっという間だった。
でも、新入部員にとっては違う。
四月に正式に入部してから、実質的に活動したのはわずか三ヶ月。
それ以降はミーティングばかり。しかも、内容はお世辞にも楽しいものとはいえない。特に初期の話し合いは、これまで犬部が抱えていた問題を細かく掘り出してひとつずつ検証するようなもので、ある意味では入部早々に夢も希望も吹き飛んでしまったといってもいい。
そして、いつまでも活動再開のめどがたたない。実際、それを理由に辞めてしまった部員は少なくない。
でも、辞めなかった部員もいる。
休部になることが決まったとき、獣医学科二年の川島美和のアパートには、二匹の保護猫がいた。数週間後に予定していた譲渡会は中止になった。それどころか今後しばらくは譲渡会の開催をはじめ、すべての活動はなくなるのだという。
とにかく猫たちの譲渡先だけは決めなければ。辞めるかどうかは、それから考えても遅くない。そう思った川島のもとから二匹の猫が“卒業”したのは、事件から二ヶ月近くたった八月末のことだった。
ミーティングはすでに何度か開かれていたけれど、最初は意見を出せる雰囲気ではなくて、また何を言えばいいかもわからなかった。だから廃部の話が浮上したときも、傍観することしかできなかった。でも上級生のうちの数人は、学内で会うと気軽に声をかけて意見を聞いてくれた。
そのうちにミーティングの主な議題は、部の再建に移行していった。
入部したばかりのとき、運営方針書にあたるものがなくて不思議に思った。上級生に質問をすると、かえってくる答えが人によって違うことがあって戸惑った。
そんな体験をもとに、改善点をついて話し合いに参加するようになり、気づくと意見交換の輪に入っていた。そうなると自然と「こうしたい」と思うアイデアも出てくる。
ここで辞められない。部を立て直すメンバーのひとりになろう。
川島がそう決心したのは、十和田の秋がまもなく深まる十月頃のことだった。
犬部には五人の二年生が残った。
そのなかには、入部早々に「出会ってしまった」動物資源学科の景山晴美がいた。ほかの部と兼部するつもりがなかったので、譲渡会や地元のイベントの“ふれあい会”の開催など、活動のほとんどに参加していた。会場では、犬や猫と接することができることが楽しかった。そして、それ以上に魅力的だったのは、代表の名護をはじめとする上級生と話すこと。自分の知らない世界が、一気に広がっていくのを実感した。
しかし、疑問に思うこともあった。
譲渡会では、来場者から様々な質問をされる。咄嗟に答えられないことも多く、急いで上級生に確認する。けれど、返ってくる内容は微妙にズレている。景山は、川島と同じ疑問を抱いていた。
以前に聞いたことと違うような気がする・・・・。
景山は、疑問は素直に口にするタイプだ。訊くと、実は上級生のあいだでも問題視されていることがわかった。
「このままじゃマズいと思ってる」
なかには、そう漏らす上級生もいた。
ムックの事件がおこったのは、その矢先のことだった。
無期休部になったときは、さすがに驚いた。それでも辞めようと思ったことは、これまで一度もない。
自分だったらどうする?
犬部の問題にすでに気づいていた景山にとってそれは、自分にとっての課題でもあった。
何度もミーティングを重ねて、新しい犬部の方針はかたまりつつあった。学年ごと、そして部員それぞれの役割分担も決まった。
でも、これで動き出していいのだろうか?
本当に問題はすべて解決したのだろうか?
もしや見切り発車になっていないだろうか?
部員たちのあいだでは、いまだ不安感は完全に消えない。
それでも冬休みが終わって学年末試験が始まると、本格的に焦りがつのってきた。そろそろ動きださないと、本当に踏みだせなくなるかもしれない。ここまで準備をしてきたのだから、きっと大丈夫。そもそも動物愛護活動に、パーフェクトとか100パーセント確実なんてものはあり得ないのだ。
犬部は、活動開始にむけてようやく動きだした。
時期は新年度が始まる四月。新二年生の勧誘活動に間に合うようにする。
スケジュールがかたまり、かねてから世話になっている民間の動物愛護団体の代表者に挨拶を兼ねて報告にいった。そこで思ってもみない提案をされた。
「これを機会に団体名を変えてみたら?」
変えるって……、犬部を違う名前にするということだろうか?
「実際は猫も保護しているのに、犬にしか興味がないと勘違いする人もいるみたい。これからも活動をするのなら、誤解されない名前をつけることも大切。名称変更するのには、いい機会だと思う」
そういわれて、部員たちは戸惑いを隠せなかった。
犬部は、これ以上ないくらい愛着のある名前だ。この名前があったから、これまで犬部は、犬部としてやって来られたような気がする。それを変えるなんて、そんなこと今まで考えたこともなかった。
しかし、以前から世話になっている獣医師、保健所や行政施設の職員など、いわゆる“大人たち”は、おおむね名称の変更に賛成するのだった。これまでの犬部の活動に理解を示し、また応援もしてくれている人々で、専門知識や経験をベースに多くのアドバイスをしてくれる。けれど、それを押しつけられたことはこれまでに一度もない。
それだけに、いつもよりも熱心に勧められると耳を傾けずにはいられなくなってくる。
「たしかに“犬だけなの?”って訊かれることあるよね」
「うん、何度もあった」
「誤解されるって、確かによくないのかも」
「でも、犬部。この名前、すごくいいよ」
「これを超える名前なんて、ないと思う」
でも……?
犬部は、もうすぐ新しい出発をする。その決意を誰にでもわかるかたちで示すことは、もしかしたら悪いことではないのかもしれない。
二〇〇九年四月。
十和田キャンパスでは新二年生を対象に、いろいろなサークルが勧誘活動を展開させている。毎年、春に見られるおなじみの光景だ。
新入部員を集める最初のきっかけは、各サークルで開く説明会への呼びこみだ。宣伝にベストのタイミングは、新二年生を対象にしたオリエンテーションや授業の直後。勧誘のビラを手に教室のなかへ滑りこむように入るのは、新代表の景山晴美と副代表の川島美和だった。
「捨てられた動物の新しい飼い主を探す活動をやってます」
声をかけながら新入生に手渡したビラには、新しい団体名が大きく書いてあった。
北里しっぽの会―旧・犬部
名前はミーティング中に出た候補のなかから、最終的に投票で決められた。
犬部が創設されてから今まで。その想いは、これからも受けつがれていく。
そして北里大学の学生として、できる限りのことをやっていきたい。
救いたいのは、犬も猫も。だから「北里しっぽの会」だ。
説明会には、トータルで四十名ほどの新二年生が参加した。これは昨年を越える人数で、さらに予想外だったのは、以前から犬部の活動に注目していている新入生が多かったことだ。
「もう活動は再開していますか?」
「犬部に入るため、ペット飼育可の広い家をさがしました」
こうして、十人近が入部手続きをした。
しかし安心できるのは、ほんの一瞬。幹部学年にとっては、まだしばらく緊張の日々が続く。動物にふれるチャンスがないまま一年のほとんどを過ごしてしまったことから、経験不足は否めない。でもそれは、すでにわかりきっていること。春から夏にかけての目標は、アドバイス役の上級生のサポートのもとで、保護と譲渡のサイクルを以前のような状態にもっていけるようにすることだ。
まだ手探りの状態だけれど、きっと大丈夫。
だって、これでようやく動物が救えるのだから!
「こんなやり方で、ほんとにつかまるの?」
「わからないけど……、とにかくやってみようよ!」
近所に子猫が捨てられている。
そんな相談が専用携帯電話にあったのは、五月の終わりのことだった。母猫の姿はみあたらず、子猫だけが相談者の家のまわりをうろついているという。警戒心の薄い数匹は相談者が世話をしている。しかし、あとは人の気配がすると隠れてしまう。離乳はしているようだけれど、自分で餌をさがすことは難しく、このまま放置したら命にかかわる危険性が大きい。
連絡をうけて、部員たちが相談者の自宅を訪ねた。
家のまわりを探してみたけれど、子猫たちは顔も出さない。どうやら排気口のなかに隠れているらしく、これでは保護なんて絶対にできない。さて、どうしたものか。しかし、解決策のないまま早くも五日が過ぎようとしていた。
そんなとき、ひとりの部員が口を開いた。
「子猫のいそうなところにオヤツを置いて、部員が隠れているところまでおびきよせるってのは、どうかな?」
「それでつかまったら漫画だね!」
全員が笑った。
でも、今のところそれ以外の方法は思いつかなかった。だから、やってみることにした。
排気口のわきから部員たちが待機する民家の塀の陰まで、オヤツが点々と並べられた。
誰も期待なんかしていない。
でも、しばらくすると子猫たち顔を出した。しかも食べながら、こちらに近寄ってくるではないか。
「カ……、カワイイ!」
「さすが子猫! 素直だ~」
「しっ、静かに」
危うく声のトーンが上がりそうになって注意しあう。すべての猫をつかまえるまでは、大声は厳禁だ。
それにしても、この愛らしさはいったい何だろう?
こんなことって、本当にあるんだ!
まもなくこの手に抱く子猫のぬくもりを想像しながら、部員たちはこみあげる笑いを必死におさえるのだった。
(了)
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