お姫さまになりたい!-陶智子
イラスト:寺門孝之

美白の白雪姫の巻

美白の女王、生者必滅

 美白の女王が亡くなって何年になるのだろうか。

 美白の女王、鈴木その子。銀座の彼女の特大看板から、即座にその名が浮かぶ人は何人いるだろうか。

 鈴木その子といえば「美白の女王」として知らない人がいなかったという時期が確かにあった。真ん中でわけた黒すぎる髪は近代の束髪の趣があり、白すぎる肌に大きすぎる目、アイラインというよりは目張りという感じの化粧、そしてとがった細い鼻。それらを模した人形すらあった。その子人形は天童よしみ人形とともに幸運を呼ぶとかで、女子高生に人気だった。テレビではガングロのギャルを美白美人に変身させるという番組が作られたり……。ほんとうに凄かった。が、今私のまわりにいる短大生はその名前さえ知らないという。盛者必衰、いやいや生者必滅なのだ。

 しかし、銀座のお店は健在で、「美白の女王」という名前の美容液もあいかわらずの売れ行きらしい。

 ところで、その鈴木その子よりはるか昔に、肌の美しさを提唱した美容家がいた。山野愛子である。

 現在のエステサロンのはしりである「山野愛子どろんこ美容」が山梨県の山中湖村の高級ホテルに開業したのは昭和39年(1964)のことだった。1週間で14万円というお値段は、今だってけっして安いとは思わないが、当時はそれこそ目の玉が飛び出るような価格だった。肌に泥を塗るという美容法は、センセーショナルにマスコミに取り上げられた。本来美しいものではない泥を用いて美しくなるということが人びとを驚かせた。私など、子どもの頃どろんこになって遊ぶ快感と、そののちおとずれるであろう母の怒りを天秤にかけ、複雑な思いで泥団子遊びをした覚えがある。泥と美は結びつかない。

 しかし、肌を美しくするために行われたのはこの方法だけではない。他にもいろいろあったが、「どろんこ」というネーミングが「レモン」とか「牛乳」よりもインパクトが強かったことはいうまでもない。また、当時すでに身体を振動させて痩せるという器具もあったりして、その映像を見ると、現在の深夜のテレビ通信販売の映像とだぶってしまう。モデルが日本人か外国人かくらいの差である。昔の映像では、腰に巻いた太いゴムのベルトが振動するとおなかまわりのだぶついたお肉がブルブルするという仕組みだ。寝た状態で振動させる器具もある。ほんとうに、人間の考えることってこの程度なのだと実感してしまう。

 ところで、肌を美しくするためのレモン風呂では、湯に浮いているレモンを食べてしまった人もいたという。レモンは当時は高級果実だった。この感覚がわかる人は不惑を超えている。牛乳風呂も肌を美しくするためのものだったが、究極は肌に泥を塗るという美容法だった。「どろんこ美容」1週間14万円コースとは、レモン風呂やブルブル振動させる器具や、それから泥を塗るといったことやその他いろいろ組み合わせて、全身美容を行うというコースなのだ。

泥の効能

 40年が過ぎ、現在では安価に実践できる自宅用泥パックも出回るようになった。もちろん、エステサロンでは常道だ。自宅用は数年前にはけっこう流行したから、ご記憶の方もいらっしゃるだろう。泥が配合されたパック剤を顔に塗って、決められた時間が経過したら水かぬるま湯で洗い流すというものもあった。現在も続けているという人もいらっしゃるだろう。

 泥の効能は、現在も研究が進められていて、平成16年(2004)末、コスメトロジー研究財団の研究助成金授賞式のあとのパーティで、大分大学の医学部の皮膚科の教授からお話をうかがった。一口に泥といっても、いろいろあるらしい。効能ももちろん異なる。見せていただいた写真には、色の異なる三種類の泥が写っていた。しかし、これはまだ研究途中のことなので詳しいことはその発表を待たねばならない。効くことはわかっていても、どうして効くのかがわからないことって世の中けっこう多いのである。「肌がつるつるになる」とおっしゃる教授(男性である)の肌もつるつるだったので、「先生もなさっていらっしゃるのですか?」と思わず聞いてしまった。

白雪姫の肌

 生まれた王女は、雪のように真っ白く、血のように赤い頬や唇をし、おまけに黒檀のように真っ黒な髪をしていました。
 そこで、この王女は、白雪姫と呼ばれました。
(『白雪姫(グリム童話集氈j』新潮文庫、昭和42年刊)

 有名な『白雪姫』の一節である。しかし、このお姫さまがなぜ「白雪姫」という名前なのかを知らない人は存外多い。このお姫さまは、肌が雪のように真っ白かったのだ。だから、白雪姫。

 そして、彼女の身体的特徴が、白・赤・黒という三色の取り合わせになった理由を知るには、物語の冒頭を読む必要がある。

 昔むかし、冬のさなかに、雪ひらが空から羽根のようにひらひらと舞いおちていたとき、とある国のおきさきが、まっ黒な黒たんの枠をつけた窓べにすわって、縫いものをしていました。さて、そうやって縫いものをしながら、雪を見あげたときに、おきさきは針で指をさしてしまいました。血が三滴、雪の中へ落ちました。白い雪のなかで赤い血の色がとてもきれいにみえたので、おきさきは、「雪のように白い肌をし、血のように赤いくちびるをもち、窓枠の黒たんのように黒い髪の子どもがあれば」と、ひとりで思いました。
(イーリング・フェッチャー著『だれが、いばら姫を起こしたのか』筑摩書房、1984年刊)

 黒い窓枠の窓辺で、雪の舞う寒い日に、窓を開けて縫いものをしていたなど、寒い雪国で暮らす人間には信じられない情景ではある。雪が舞っていたということは、気温は高く見積もっても3度くらいだ。しかし、地面には降り積もった雪がすでにあったということだから、気温は氷点下だったかもしれない。それって、真冬の北海道なみだ。もし、真冬の北海道でそのようなことをしたら…。想像したくない。だいたい手はかじかんで細い針が持てるだろうか。針で指先を刺す前に針を雪の中に落っことすのではないだろうか。と、余計な心配ばかりしてしまう。とにかく、そんなことをする人はいない(だろう)。これは間違いなく物語だ。

 しかし、とにかくこういう理由(わけ)で、三つの色という身体的特徴を持ったお姫さまが誕生した。お妃の願いがそのまんまかなって白雪姫が生まれたのだ。

三つの色の意味

 ところで『だれが、いばら姫を起こしたのか』にはこの三つの色について、私などの考えもおよばない説が披露される。

 一八七一年以降の読者、さらに一九一八年以降の読者で、批判的な意識をおもちの方なら、もちろんどなたも、白雪姫の美しさが黒・白・赤という色とむすびついているという事実に、きわめていかがわしい国粋主義、いやそれどころか反動的な暗示をかぎとられるはずである。
(『だれが、いばら姫を起こしたのか』)

 ここでは、ドイツ第二帝国(1871〜1918)の旗の色が黒・白・赤であったことが述べられる。政治的な背景がこの三つの色にあったというのだ。物語の読みはこれだから難しい。で、おもしろい。深いなぁ、と感動すらする。まあ、政治的な意図については言及するつもりはないので、この説についてはここまでとしたい。書くだけ書いてあとはほったらかしだ。

 さて、私がこの三つの色にこだわったのは、平安時代以降の日本の美意識のことが思い浮かんだからだ。

 肌が白く、髪が黒く、唇が紅いというのは日本の女性の美しさを端的にあらわしたものだ。白雪姫と同じなのだ。そして、化粧の基本がこの三色だった。

 特に白い肌へのこだわりはすごかった。

白い肌へのこだわり

 嘉永4年(1851)年に出版された『都風俗化粧伝』(資生堂企業資料館所蔵)は、江戸時代から大正時代まで広く読まれたファッションブックの元祖のような本である。その本の中に次のようなくだりがある。

 人生れながらにして三十二相揃たる美人といふは至て少なきもの也。化粧の仕様、顔の作りやうにて、よく美人となさしむべし。其中にも色の白きを第一とす。色のしろきは七難かくすと、諺にいへり。

 『都風俗化粧伝』における肌の白さ美しさへのこだわりはたいへんなものである。この時代に既に、肌の美しさは造作とは別の次元であるということがはっきりとわかるのだ。肌を白く美しくするためにいろいろな方法が列挙されるのだが、その中で私のお気に入りのひとつは、「○色を白くし、顔の光沢を出し、皺をのし、一生年寄て見へざる手術の伝」である。

 先、両手の掌を合せ、数十遍すり、掌を合せば、手の掌おのづから熱出てあつくなりたる時、手の掌にて額をよくよく摩こすり、それより鼻の両わき、又、頬、口の辺り、其形ちの高き低きにしたがひ、幾十度もよくなですり、其後、両目の瞼をなで、耳の両わきより耳をよくよくすりなづるなり。かくのごとく日々おこたりなくする時には、面の気血めぐり、悪血(をけつ)をさり、鮮血(よきち)をめぐらし、色を白くし、光沢を出し、皺を生ずる事なく、面上に一切の腫物を生ぜず、眼を明らかにし、耳をさはやかにす。此法五年絶ず行へば、顔貌(かほ)の色形ち、少女のごとくになり、まことに老をかへしてわかやかにする神妙の伝にして、しかも此法容易して其験の大なること、神々妙々効ある秘訣也。

 要するにマッサージである。両手のひらをこすり合わせて温かくなったらそれで顔をなでなですると書かれている。これを毎日五年間続けたら肌が白くなり、光沢が出て、皺も出来ず、眼や耳にもよく、少女のようになる、若返るというのだ。自分の手のひらだけで出来る最も安価な美容法ではないか。いや、別にただで出来るから好きなわけではない。現代の美容法にも通じる「信じることの大切さ」が如実だからだ。

 いろいろな美容法に対して、私のような疑り深い人間は必ずといっていいほど「ほんとうかしらん」と思ってしまうわけだ。この思いが美しくなるための大敵なのだとある美容専門家から指摘された。「信じなさい。これを行えば必ず美しくなると信じることが、美しくなる秘訣です」という彼女のことばをまったく信じられない自分が嫌だ。

美肌はどこから生まれる?

 ところで、手のひらや指先が温かいことは化粧においては大切なことらしい。美容液を塗るという行為において、暖かな指先で行うのと、冷え冷えの指先で行うのとでは、美容液の肌への浸透が異なるのだとか。勿論、暖かな指先の方が浸透力が勝る。だから、自分の手が冷たいと感じたときには、まず両手をこすり合わせて手を温かにすることから始めるように指導すると、有名化粧品の美容部員を育成する先生からうかがった。ということは、生まれつき手が温かい人は美容部員の才能があるということか。美しい肌は、温かな指先から生まれる。

 とにかく、日本においては、昔からお姫さまは色白なのだ。いや、色白でなければならない。それは、肌が日に焼けていないこと=肉体労働をしていないことを意味したからだ。日に焼けた浅黒い肌に深く刻まれた皺という組み合わせは、日光のもとでの肉体労働の証である。というわけだ。実際、紫外線に長時間さらされると、日焼けをするだけではなく、皺ができやすくなるという研究結果もあるらしい。お姫さまは、深窓の令嬢である。だから、日焼けはしないのだ。なんか、論理の展開に無理を感じないでもない。生まれつき色黒のお姫さまだっていたはずだから。

 誰が何と言おうが、お姫さまは肌の色が白いと相場が決まっていた。

 最近では、紅い唇と黒い髪に関してはゆらぎがある。しかし、白い肌への憧れはあいかわらず強い。

 
陶智子(すえ・ともこ)
1960年札幌市生まれ。富山短期大学助教授。博士(情報学)。専門は近世女性礼法、化粧文化史。おもな著書に『江戸の化粧』(新典社)、『不美人論』(平凡社)など。


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