「なかなか盛況ね」
ワインのグラスを手にしたミツコが、あたりを見回しながら言った。
確かに私たちの学年は四クラス百二十人ほどのはずだが、出席者は八十人あまり――小学校の同窓会と思えば、なかなかの出席率なのではないだろうか。貸し切ったレストランのホールに、たくさんの懐かしい顔が語り合っているのが見える。
けれど、やはり三十代ともなれば、昔のままというわけには行かない。面影が感じられないほど(悪い方に)変わった子もいれば、逆に別人のようにきれいになっている子もいる。
「あのナカムラさんってさ、児童会の副会長やってた人でしょ? あの子、思いっきり不自然な二重になってるわよ」
「もしかして、あそこにいる人ってコジマくん? 何で、あんなに太っちゃったの?」
「問題はアオキくんよ。昔から怪しいとは思ってたけど……まさか三十二、三歳で、あそこまで抜けちゃってるとはね」
私は昔どおりミツコと私、ミホ、ナオミの仲良しグループで固まって、おしゃべりに花を咲かせていた。
「えぇっと……やっぱり、あの子は来てないんだね」
丸テーブルに置かれた料理を皿に取りながら、ミホが言った。今は中学の体育教師をしている彼女は、小学校の時より、ずっとごつい体型になっている。
「あの子って誰?」
「なんて言ったかなぁ……ほら、目が大きくってさ、髪はショートで……飼育委員か何か、やって子」
ナオミの問いかけに、ミホが首を傾げながら答える。
「あぁ、そういえば、そんな子いたね。六年の二学期に転校しちゃった子でしょ?」
ミツコが指をパチンと鳴らして、懐かしそうに言った。このアクションは小学校からやっていた彼女の癖のようなものだ。今は小さな放送局でDJをしている彼女には、何となく似合っているような気もする。
「そう言えば、いたわねえ。あの子、何て言ったかしら」
確かに六年の二学期の初めに転校してしまったクラスメイトがいたことを、私も思い出した。だから卒業アルバムに写真も載っていないのだけど――名前は何て言ったかな。
「ちょっと変わった感じの子よね」
ナオミも思い出したらしく、オードブルをつまみながらつぶやく。彼女は夫と共にケーキ屋を営みながら、二人の子供を育てている。
「いつも話す時に、語尾に『~にゃあ』ってつけてなかった?」
「つけてた、つけてた。普通はそういうのってウザいんだけど、あの子のは何か可愛いんだよね」
ミホとナオミと会話を聞いているうちに、私もぼんやりと彼女の顔を思い出す。本当に、あの子の名前は何と言っただろう――。
あの子は、けして勉強やスポーツができる子ではなかった。いや、むしろできない方で、何でも下から数えた方が早かったはずだが、彼女の場合は、それが愛嬌になっているようなところがあったと思う。
けれど――ときどき妙に鋭いことを、何気なくつぶやいていたこともあった。
「人間は忘れてしまう生き物だからにゃ。どんな素敵な記憶も、いつかは薄れてしまうものにゃよ。でも、それで救われることだって、あるからにゃあ」
何の折だったか、そんなことを言っていたのを聞いたような気がする。その大人びた言葉に私はハッとしたことがあったのだけれど――あれはいったい、いつだったのだろう。
「そうそう、あの子、そういうとこ、あったよね。勉強はできないのに、本当は世の中のことを全部知っているんじゃないかって思うようなことを言うの」
私の言葉にミツコが答えると、さらにナオミが乗っかってくる。
「それが不思議と、説得力があるのよね。もしかすると精神年齢が、私たちより高かったのかな」
「それはないんじゃない?」
ミホがワインをがぶりと飲んで言った。
「だって、あの子、ウサギと話したりするんだよ。自分で変な声出してさ」
ミホの話によると――何でも放課後、家に帰ろうとウサギの飼育小屋の前を通りかかった時、その子が小屋の掃除をしながら、ウサギたちと話しているのを見たのだという。
「それが、けっこうリアルなのよ。『何でケンカするのにゃ』ってあの子が聞いたら、ウサギがさ、いろんな声で答えるの。『あいつが俺のエサをとるから悪いんだぁ』とか『小屋が狭くって、イライラすんだよぉ』とか……あれは結局、全部あの子が腹話術みたいにアテてたってことでしょ。アブないって言えば、何かアブないよね」
あの子なら、そんなこともしそうだと私は思ったが――そういえば校庭の隅の飼育小屋が、いきなり二倍近い大きさに作り変えられたことがあったのを思い出した。もしかすると、あの子が直訴して改善されたのだろうか。
「話してるって言えばさ、あの子が箒とかモップと話してるのを見たって言ってた人もいたわよ」
ミホの話に続いて、ミツコが言った。
「そうそう、たぶん、あそこにいる三組のニシカワさんだったと思うけど……いつだったかの放課後に、あの子が教室で箒とモップを三本ずつくらい並べて、何か話してたって。そしたら箒とモップがひとりでに動き出して掃除を始めたとか言っていたけど……ニシカワさん、その時は風邪で熱があったんだって。きっと幻覚を見たのね」
「そりゃ相当に高い熱だったんじゃないの?」
私が笑った時、すぐ隣で話していたユウヤが口を挟んできた。
「さっきから話してるのって、あの……よく赤いワンピース着てた子のことだろ?」
私たちと同じように彼も、その女の子の名前を思い出せないようだった。
「けっこう、お前らも冷たいんだなぁ。あの子、おまえらのグループで、いつも一緒に遊んでたじゃないか」
その言葉に、私たちは顔を見合わせた。
「あんた、誰か別の人たちと勘違いしてるんじゃない? 私たち、そこまでは仲良くなかったわよ」
「いや、そんなことないって。五月の遠足の時だって、同じ班だっただろ」
「絶対違うって……だって、ほら」
私はバッグから一枚の写真を取り出して、ユウヤに見せた。今、話に出た五月の遠足の時に撮ったグループ写真だ。話のタネになるかと思い、アルバムからはずして持ってきたのだ。
「これは班ごとに撮ったやつだけど、四人しかいないでしょ」
そう、その写真には私、ミツコ、ミホ、ナオミの四人しか写っていない。
「あれ、ホントだ。俺の記憶違いだったかな」
写真を見たユウヤは、頭を掻きながら言ったが――彼が別のグループの会話に行ってしまってから、ナオミが小さな声で言った。
「言われてみれば……この写真を撮った時、私とカオリの間に、もう一人いたような気がする」
「やだ、怖いこと言わないでよ」
眉を潜めてミホが言うと、さらにミツコが言った。
「でも、確かにナオミのポーズ、誰かの体に寄りかかっているような感じじゃない? それに、ちょうど一人分くらい間が開いてるわ」
それについては実は私も、この写真をアルバムの中に見つけた時に、同じようなことを感じていた。私の方に右腕を伸ばしたナオミのポーズが、妙に不自然なのである。もし私が誰かと身を寄せるように並んでいて、その人物の肩にナオミが手を置いているとすれば、辻褄が合うような気がするのだが。
(まさか……)
その写真をじっと見つめていると――ふっと、あの子の声が聞こえたような気がした。
「カオリちゃんは大人になったら、何になりたいのにゃ?」
いつだったか、本当にあの子に聞かれたような気がする。おそらく夏休みの終わり頃に、どこか広い公園のようなところで――あそこには確か、ミツコもミホもナオミもいたような気がする。
「私、大きくなったら、童話作家になりたいの」
そう答えると、彼女はきゅっと目を細めて言った。
「じゃあ、お別れのしるしに、みんなの夢が叶うように魔法をかけてあげるにゃ。でも、いくら魔法をかけても、自分でも努力しないとダメなのにゃよ」
あの子がそう言った瞬間、何だか虹色の光があたりを包んだような気がしたけれど――どう考えても、あれは夢だろう。どうして私が、あの子の夢を見なければならないのかは、わからないけれど。
その瞬間、不意にあの子の名前が、頭に浮かんだ。横を見るとミツコもミホもナオミも、何かを思い出したような顔をしている。
「どうして忘れてたんだろう。あの子の名前は……」
ナオミが言いかけた瞬間、私の頭の中に、風のようなものが通り過ぎたような気がした。何か芽生えかけたものを、すぐさま刈り取っていくような風が。
「あれ……今、何の話をしてたんだっけ」
十秒ほどしてから、私たちはお互いの顔を見ながら首をかしげた。
「そうそう、あのナカムラさんの二重が不自然だって話」
何かすっきりしないものを感じたけれど――ミツコが言うのなら、間違いないのだろう。私たちは、顔を寄せ合いながら、かつての同級生たちの変わりようを話しあった。
「そうそう、カオリ、新しい本を送ってくれて、ありがとうね。うちの子たち、二人ともあなたの大ファンよ」
話題の切れ目に、ナオミが言った。
「でも本当に、童話作家になれてよかったわね。よく努力したもんだわ」
「みんなだって……子供の頃の夢をちゃんと叶えたじゃない」
私が言うと、みんなは満足そうに顔を見合わせてうなずきあった。
ミツコはDJ、ミホは先生、ナオミはケーキ屋さん&お嫁さん、私は童話作家。もしかすると一人、立派な魔法使いを夢見ていた子がいたような気もするけれど――いや、そんな子は、いなかった。
不思議な、あの子 朱川湊人
- 朱川湊人(しゅかわ・みなと)
- 1963年、大阪府出身。
出版社勤務を経て、2002年「フクロウ男」でオール讀物推理小説新人賞を受賞してデビュー。2003年 「白い部屋で月の歌を」で日本ホラー小説大賞短編賞を受賞。
2005年『花まんま』で第133回直木賞を受賞。
著書に『さよならの空』『わくらば日記』(以上角川書店)、『いっぺんさん』(実業之日本社)『スメラギの国』(文藝春秋)などがある。 - 笹公人(ささ・きみひと)
- 1975年、東京都出身。
17歳の頃に寺山修司の短歌を読んだことがきっかけで作歌をはじめる。
2003年、処女歌集『念力家族』(インフォバーン)を刊行。
04年、未来年間賞を受賞。主な著作に『念力姫』(KKベストセラーズ)、『念力図鑑』(幻冬舎)、『抒情の奇妙な冒険』(早川書房)、『笹公人の念力短歌トレーニング』(扶桑社)がある。
公式HP:http://www.uchu-young.net/sasa/


