黄金の丘で君と転げまわりたいのだ

専門用語だけを集めた辞書があるというほど、奥深いワインの世界--。
美味しければ何より、でもその先にある魅惑の「未知の地(テラ・インコグニタ)」へ、
三浦しをんさんと旅立ちましょう!
案内人は、ワインと美食の専門家・岡元麻理恵先生。
連載終了の頃には、きっとソムリエも夢ではないはず。
※この連載は、三浦しをんさん、岡元麻理恵さんが交互に執筆します

最終回「悪いマリアージュ」体験篇 三浦しをん

 ロアルト・ダールの短編『味』に出てくる描写を手がかりに、見事にワインを味わいわけてみせた丁稚たち。勢いに乗って、今度は「ワインと料理のマリアージュ」を体験することになった。
「お料理と相性のいいワインを的確に選ぶことは、とても大切です」
 岡元麻理恵先生は、さまざまな料理をテーブルに並べながら言った。「ワインと料理の相性を、『マリーアジュ(結婚)』とたとえます。結婚にも成功や失敗があるように、ワインと料理の相性にも、合う合わないがあるからです」
 結婚には、「大きな失敗(我慢ならない)」と「小さな失敗(かろうじて我慢できる)」しかないように見受けられる気もするが、独り者のひがみであろうか。とにかく丁稚一同は、
「俗に言う『食べあわせ』のことだな」
「『天ぷらとスイカ』や『ウナギと梅干し』は一緒に食べちゃいけないという、あれですね」
 と、おおいに納得する。
「ちょっとちがいます」
 岡元先生がすかさず訂正する。「『食べあわせ』は、一緒に食べると体に悪いと言われるものでしょう? マリアージュの良し悪しは、あくまで、互いの味を引き立てあうか、殺しあってしまうか、ということです。どんなワインも料理も、摂取しすぎたら体に悪いですよ」
 それもそうだ。食べすぎと飲みすぎに注意しよう!
 と、戒めたのもつかのま。今回は、以下に挙げる五本のワインを飲みつつ、ワインと料理の相性を探っていく。飲みすぎに、ちゅう……い……。
 
 1、シャトー・メルシャン 長野シャルドネ 2008 メルシャン株式会社勝沼ワイナリー
 産地:日本、長野県
 品種:シャルドネ
 参考価格:2856円
 辛口白ワイン
 
 2、オシエール・ブラン 2007 シャトー・オシエール ドメーヌ・バロン・ド・ロッチルド(ラフィット) ヴァン・ド・ペイ・ドック
 産地:フランス、ランドック地方
 品種:シャルドネ
 価格:1733円
 辛口白ワイン
 
 3、マルケス・デ・リスカル ティント・レゼルヴァ 2004 リオハDOC
 産地:スペイン、リオハ地方
 品種:テンプラニーリョ90% マズエロ10%
 参考価格:1890円
 フルボディ
 
 4、プロピエダッド 2005 パラシオス・レモンド リオハDOC
 産地:スペイン、リオハ地方
 品種:ガルナッチャ40% テンプラニーリョ35% マズエロ15% グラシアーノ10%
 参考価格:5250円
 フルボディ
 
 5、パレ・ロワイヤル ドメーヌ・ド・ラルジョル VDN(=酒精強化した天然甘口ワイン。発酵途中でブランデーを加え、ブドウ果汁のなかにある糖分を残す)
 産地:フランス
 品種:メルロー
 参考価格:4242円
 甘口赤ワイン
 
 さて、これらのワインと一緒に食べるお料理はというと……。
 アンチョビのペースト(単体で食べても、すごくおいしい。欲望百貨店(新宿伊勢丹)で売っている)
 チョコ
 カレーライス(カレー部分は、レトルトの「マドロスカレー」。これまたカレーとして美味)
 半熟ゆでたまご
 ゆでたグリーンアスパラガス
 千切りニンジンのマリネ
 
「今回は『悪いマリアージュ』の例を知ってもらうため、あえて、ワインと相性が合わないと言われている料理や食材ばかりをそろえてみたんです」
 岡元先生はそう言ってほくそ笑んだのだが、おなかがすいていた丁稚一同は聞いちゃいない。猛然と飲み食いしはじめた。
「マドロスカレー、むっちゃおいしい!」
「アンチョビのペースト、日本酒とも合いそうな感じですよ!(ワインの会なのに……) あ、ちょうどいいから、カレー用の白米と一緒に食べよう」
 岡元先生は眉間を揉みつつ、ため息をついた。
「みなさんが先入観なく、なんでもおいしく召しあがるのは、大変すばらしいことだと思います」
 丁稚たちのダメぶりが、先生を究極のポジティブシンキングへと導いた……!
 先生の説明によると、一般的に相性が悪いとされてきたマリアージュも、現在の実状にはそぐわない場合が多いらしい。昔はワインがもっと酸っぱくて渋かったから、たとえば酸味や辛味や塩味が強すぎる食べ物とは、なかなか合いにくかった。しかし、いまはワインづくりの技術が格段に向上しているので、相性の良し悪しは、これまでの常識に捕らわれることなく、実際に試してみないとわからないのだそうだ。
「とはいえ、あまり合わない組み合わせもあると思いますよ。よーく味わってみてください」
 先生にうながされ、丁稚たちはちょっと落ち着いて、ワインと料理を味わいだした。
「そういえば、3の赤ワインは、カレーとはあまり合わない気がします。このままではカレーの味と香りに負けてしまうので、ワインにもうちょっとコクが欲しいというか……」
 と、私はもっともらしく言ってみた。すると、案外賛同者が現れる。
「たしかに、カレーには4の赤ワインのほうがいいですよ。4には、『肉くれー!』的な香りの強さというか、アニマルっぽい押しの強さがありますもの」
 と、Nさんが言った。「あと、半熟ゆでたまごの硫黄臭にも、4のワインが合います」
「本来は、硫黄臭のあるものはワインには合わないとされてきたんです」
 と、先生はうなずいた。「ただ、えぐみとえぐみが手を結ぶということもありますからね。この場合、ワインのグリセリンの粘りが硫黄臭を封じこめたかどうかわかりませんが、私も、4のワインと半熟ゆでたまごは、案外合うと感じました」
「そっかー」
 私は首をひねる。「半熟ゆでたまごは、むしろ3の赤ワインのさっぱり感が、たまごのねっとり感を打ち消してくれて、いいと思ったんですけれど。あと、千切りニンジンのマリネも、3の酸味に合う気がします」
「ええっ、千切りニンジンのマリネは断然、1と2の白ワインですよ!」
 とYさん。
「私もそう思います。ちなみにグリーンアスパラガスは、塩をちょいとつけると、2の白ワインにすごく合います!」
 とNさん。
「マリアージュの従来の判断基準を知っておくことは、決して無駄にはなりません。でも、もちろん個人的な好み、感覚で、合う合わないを判断していいんですよ」
 先生がフォローしてくれた。その言葉に勇気づけられ、丁稚たちはますますヒートアップする。
「チョコは、4の赤ワインに合うと思うな」
 と私が言うと、甘いものには一家言あるNさんがフンと鼻を鳴らした。
「それはいかがかと思います。チョコと4のワインは、一緒に口に入れると頑なな感じがして、『おいおい、おまえら、よそよそしいぜ!?』と言いたいですね。私は、チョコには断然、3の赤ワインです。チョコの甘みのせいで、ワインが酸っぱく感じられますけど、それがまたいい! スグリのジャムがチョコのなかから滲みでるかのようで、ボンボンのごとき麗しき味わいになります」
「そ、そうかな。じゃあ、5の甘い赤ワインは? 私は、意外とカレーに合うと思ったんだけど」
「笑止! 5は単体で充分おいしいです!」
「あんたそれ、単に甘いもんが好きってだけじゃないか!」
 Nさんと私が醜い言い争いを繰り広げるかたわらで、YさんとKさんはグラスをぐるんぐるんまわしながら、盛んに料理を食べている。
「アンチョビと4の赤ワインを合わせると、あーら不思議。レバーみたいな味になりますよー」
 とYさん。
「千切りニンジンのマリネは、古くて変質しちゃった赤ワインに合うと思いますね!」
 とKさん。マリネについては、すでにさっき語りあったのに、なぜそのときは黙ってもぐもぐしてたんだ。しかも、古くて変質しちゃった赤ワインは、いまこの場にありませんから……。
 長らく一緒にワイン講座を受けてきたというのに、丁稚の心は最後までひとつにならなかった。しかし、ワインはむずかしく考えすぎずに、楽しくわいわい言いながら飲んでいいものなんだ、ということだけは、十二分に体得できた。そのときに、ちょっとの知識や特徴を把握していれば、より深く的確に、自分の好みに合うワインを選び、味わえる。
 これからも、ワイン丁稚道を楽しく歩んでいこう。あたたかく根気強く導いてくださる岡元先生のおかげで、ふだんはあまり意見の一致を見ない丁稚一同の胸の内に、等しく意欲の炎が燃えあがるのであった。
「いえ、みなさんわりといつも、飲酒欲と食欲にかけては一致していますよ」
 と、岡元先生は言った。「今回も、『悪いマリアージュ』を用意したつもりだったのに、『おいしい、おいしい』と、すべての料理とワインをきれいにたいらげて……。細かいこだわりを持たずに、なんでも摂取する貪欲な胃袋。その前向きさ、私も見習いたいところです」
 空き瓶と空き皿の並ぶテーブルをまえに、さびしく微笑む岡元先生。その姿を目にし、
 諦めの心が、ひとをポジティブシンキングにする……!
 と、新たな発見をした。丁稚一同は涙を浮かべ、先生へのお詫びとお礼を口々に述べる。
「先生、ワイン舌がさしたる上達を見せず、すみません!」
「でも、肝臓は以前よりも格段に鍛えられました!」
「一度にワイン二本は軽くいけます!」
「おかげさまで、ますますナンパ男に酔いつぶされない体を手に入れることができました!」
 講座の主旨とちがう!
            ひとまず完!

 

 

 

『黄金の丘で君と転げまわりたいのだ』は、今回で最終回です。
この連載は、ポプラ社より単行本にて来春発売予定!
どうぞお楽しみに!

 

                                                                                                                                 

プロフィール

三浦しをん(みうら しをん)
1976年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2000年に長編小説『格闘する者に○』でデビュー。05年に『私が語りはじめた彼は』が山本周五郎賞候補、『むかしのはなし』が直木賞候補となり、06年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞を受賞。近著に『風が強く吹いてい る』『きみはポラリス』『仏果を得ず』がある。エッセイも多く、『三四郎はそれから門を出た』『あやつられ文楽鑑賞』『夢のような幸福』『悶絶スパイラル』ほか多数。
最新情報ならびにブログは、http://www.boiledeggs.com

プロフィール

岡元麻理恵(おかもと まりえ)
おかもと・まりえ ワイン&食文化ジャーナリスト、翻訳家、多摩美術大学非常勤講師。サーヴィスと料理の仏国家資格取得。著書:『ワイン・テイスティングを楽しく』(白水社)、訳書:フランソワ・シモン『レストランで最高のもてなしを受けるための50のレッスン』(河出書房新社)、トラン・ニュット『王子の亡霊』(集英社)、オリビエーロ・トスカーニ『広告は私たちに微笑みかける死体』(紀伊国屋書店)、フィリップ&リオネル・コクラン『イヌとネコの生活事情』(紀伊國屋書店)、他多数。
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