2004年9月、美しい一冊の本が誕生しました。歌人の東直子さんと、イラストレーターの木内達朗さんによるコラボ本、『愛を想う』です。
ぎゅっと胸をつかまれるような、やさしくも切ない言葉で編まれた短歌と、静謐でありながら、豊かな情感とユーモアを湛えたイラストが織り成す、至高の「愛」の世界。今回は、本の刊行を記念し、お二人と昔からの知り合いであり、ポプラビーチで「電化製品列伝」を好評連載中の作家・長嶋有さんをお招きし、作品に対する思いを存分に語っていただきました。


「最初に、絵に打たれる」

編集部 まずは長嶋さんに、本をお読みいただいた感想をお聞かせいただきたいのですが。

長嶋 面白かったです。僕も、いつか木内さんにイラストや表紙を頼みたいと思っていて、今も思っているんですけど、なかなかふさわしい作品がないの。これはもう木内さんだ、みたいなね。東さんの短歌は、それは親和性があるだろうと思ってたから、その通りずばりはまって、それがまずうらやましかった。先に絡めていいなーみたいな(笑)。最初に読んだ時は、とにかく絵に打たれました。
東さんの短歌は、短歌とか俳句っていうのは僕の意識としてはずっと打席に立ち続けるみたいな感じがあるから、そうすると、もうアベレージ以上のヒッティングはしてるっていう印象ですね。前の穂村弘さんとがっぷりよつに組んだ『回転ドアは、順番に』(全日出版)は、物語すぎる感じに疲れたっていうのを、面白かったけれどもちょっと感じた。これは絵とのコラボレーションで、むしろがっぷりよつにならずに済んでいる。そのおかげで疲れないで読める感じがありました。そのぶん、筋書きとかってぜんぜん考えなかったんだけど、これはお話になってるの?

 いや、話っていうほどじゃなくて。
長嶋有氏

木内 なんとなく物語を感じさせるような並びにしたんですよ。

長嶋 僕はいつも、ほら、あのふたりはこうだったんだよ、とか言われて、あっそっか! みたいな恥ずかしい思いをするから、読めてなかったのかと思ったけど、そうじゃない?

 一応、ひとりの女性の現在と回想が交錯する形で入っています。いま思春期の娘が家にいて、いろいろ大変なんですけれども、そのあたりと、自分の思春期の頃を思い出しつつ読んだ歌とか、恋愛のこと、昔のこと、今のこと、他にもいろいろ……。でも、それは読み手がなんとなく感じてくれればいいな、と。女性は鋭いから、「自分の少女時代を思いだした」っていう感想をいただいたりもしましたけど。

「タイトルのこと」

 タイトルは最初、すごく迷ってたんですけど、昔わたしの書いたエッセイの中に「愛を思えば/愛は苦しい」というフレーズがあって、それを読んでくださった編集の斉藤さんのほうからまず「愛を思えば」っていうアイディアをもらったんです。

長嶋 言い切っちゃえと。タイトルはでも、ちょっと気恥ずかしいよね、僕は。

木内 そうかもしれない。

長嶋 でも別に、そのくらい衒(てら)いがなくてもいいか。つまり、本の内容は気恥ずかしくなく愛について思えるから。

 ちょっと、直球だよね。

長嶋 そう、直球。

 何が書いてある本なのかわからないような、詩的なタイトルっていうのかな、そういうつけかたもあるんですけど。関係なさそうな言葉を置いて詩的なハーモニーを出すみたいな。でも、今回はあえてストレートに内容を伝えて、短歌に違和感をもってる人にもページをめくってもらいたいなと。

長嶋 そうですね、そういう力はあるよね。気恥ずかしくないタイトルも東さんならつけられたと思うけれども。

 短歌は最初から特殊なものだって思っている人が多いんですけど、じっくり読んでいただければ、心で書いたものだから、きっと心に届くにちがいないだろう、と。そういう気持ちでつけました。

「三人の共通点」

編集部 みなさん、「恒信風」に所属されているんですよね。発足時からいらっしゃったんですか?(※恒信風:1995年に発足した俳句の結社で、定期的に雑誌「恒信風」を発行している)

 私は発足時にはいなかったです。5号からですね。

木内 僕は創立メンバーでした。

長嶋 僕も最初からいました。木内さんは表紙の絵も描いてたよね。

編集部 他のメンバーの方を見ると、ここにいらっしゃる三人をはじめ、川上弘美さんなどもいらっしゃって、皆さん華々しく活躍していらっしゃるんですが、当時から刺激しあったりということはあったんですか?

長嶋 そんなに影響は受けてなかったよね。数年はあったと思うんだけど、やっぱり、中心メンバーが働き盛りで、始めた頃30代だった人が40代くらいになってくると、仕事が忙しくて、俳句の方のパワーってどんどん落ちていっちゃう。

編集部 確かに、活躍していらっしゃる方も俳句以外のジャンルが多いようです。俳句を書いている方は、短歌の方々と違って、俳句をメジャーなものにしようとはあまりしていない印象を受けるのですが。

長嶋 そう。そういうのはあんまりない。

 私は、自分が短歌を始めたことで、いろいろ面白いものを見てきたし、いい短歌ってこんなにいっぱいあるんだ、って知ることができた。だから、短歌はこんなに面白いんだよ、ということをみんなに伝えたいというのはありますね。俳句も好きで読みますけど、自分が味わったら、そのあと人に紹介しようってなぜかあまりならない。

長嶋 俳句は、いい意味で宗教的というか、つまりキリストの教えはあとで十二使徒が広めてくれるから、キリストはキリストで有り続ければいいというストイックさがある。「教えてあげる」みたいなところに力を割く必要はなくて、神の一句みたいなものをひたすら求め続けていれば、あとは十二使徒が……(笑)、そういうストイシズムを感じるな。

 でも基本的に「恒信風」って新しい俳句を作ろうっていう意気込みはありましたよね。旗を上げよう、みたいな。

長嶋 そうなんだけどさ。

木内 でも小説には影響してるんじゃない? 俳句的な考え方とか。

長嶋 直接はないかな。でも、この本でいえば、画鋲の絵(P.67)とか「サンドイッチがそる」という短歌(P.15)みたいな、微細なものを拾い上げていくってことは、他にも使えると思う。小説にも絵にもね。今回の木内さんの絵は、この画鋲が特に木内さんらしさを感じました。ここね(画鋲の側面にあるギザギザを指して)

木内 この絵はまさに俳句の影響なんだよね。俳句をやっていなかったら、ここに面白さを見出せなかったと思う。人物は前から描いてたけど、俳句をやっているうちに、意味のないものも描きたいと思うようになった。日常にある「なんでもない変なもの」を描こうかな、と。

長嶋 「なんでもないもの」っていうのは、多くの人が「素朴な」とかなんとか言いながら取り上げるんだよ。でも「なんでもない変なもの」って、みんなが見逃してるから、観察眼がないとそこに目がいかない。素朴なんて言葉と縁遠い「鋭さ」がいる。だから木内さんの絵には舌を巻く。それが今回の本にも出ててうれしかったな。

 こまかいところを一生懸命見ようとするのは短歌も同じですね。斉藤茂吉の論なんですけど「実相観入」っていって、写生をさらにすすめて実相に観入していく、という。

編集部 木内さんの中では、俳句を詠むことと絵を描くことは近いですか?

木内 うーん。近くはないけど、テーマを選ぶときに影響しているかな。

長嶋 でも画鋲のいっぽうでは、必殺のようにかわいい犬とか鯨がいたりして。

木内 けっこう、何も考えてないんだよね(笑)。

「制作秘話」


木内達朗氏
長嶋 初歩的な質問ですが、油絵みたいなこれは、なに絵っていうの?

木内 デジ絵です(笑)。

 みんな版画だと思ってるみたい。

木内 言ってもばれないと思う(笑)。

 基本的にはデジタル上で色を重ねたり、版画のような処理をしている?

木内 そうですね。こういう線は鉛筆とかで描いたりしてるんですけど。それをスキャナーでとりこんで。

長嶋 それだけ手がかかって、こんなにたくさんの絵が入って1200円! 本当に宣伝みたいなこというけど、本ってプレゼントとして、すごい贈りにくいんですよ。重いんだよ。「面白いの!」とか言われると特に。人が感じる「面白さ」ってそんなにかぶるものじゃないから。でもこれはすごくね、贈られてうれしくない人はいないんじゃないかな。東さんの短歌は全部書き下ろしですか?

 雑誌に載せたものは一部あるんですけど、基本的に今までの歌集には載せてない作品です。

長嶋 歌集に載せたり、短歌雑誌に載せる時よりも、女性向けとか、意識しました?

 女性というより、心情に訴えかけるものっていうことで、まず歌集未収録の短歌と、木内さんの絵を見て作った新作を編集の斉藤さんに全部渡して選んでもらったんですよ。私はずっと長いことやってるから、自分自身の作品をあんまり新鮮な目で見れなくなっているというか、自分がいいと思っても、伝わらなきゃしかたがないっていうのがあって。特にこれは、多くの方に伝わるような本にしたかったので、斉藤さんが選んでくださった作品ならば、すとんと素直に伝わる作品にちがいない、と思って、ほぼそのままいきました。私の好きな歌もいっぱい入っていたし。

長嶋 それで、なんとなくキャッチ―な感じがあるのかな。いつもより親切な感じはあるよね。

 短歌雑誌などで歌人向けに発表する場合、修辞や技巧を重視したい場合もあって、純粋に「訴えかけるもの」という基準だけでは選びにくいところはある。

長嶋 そうだ、今回は修辞と技巧の意味で、すごく平易な言葉が多いよね。

 『愛を想う』っていうタイトルもいつ決めたかおぼろなんですけど、やっぱりそのタイトルで読んで納得できるものということを意識しました。「愛」っていっても恋愛だけじゃなくて、広い意味での愛をイメージできるものにしたかったんです。一首読んで、その人がもっている恋愛感とか、「愛」の想いというものを広げてもらえるようなものを、31文字の中に閉じ込めたいな、と。そこに絵を加えていただいたことでさらに広がりが出たのではないかと思っています。

編集部 木内さんは絵をお描きになりながら、「愛」ということを考えましたか?

木内 いやー、ぼくは考えなかったですね。

長嶋 「愛を想わなかった」わけ(笑)。

木内 何回も何回も東さんの短歌を読んで、自分なりの解釈で描こうとしていたんだけど、途中から「もう自分の好きなものを描こう」と。特に歌がどう、っていうんじゃなくて、例えば画鋲は歌の中に出てこないんだけれども、なんか画鋲描きたいな、と思ったから描いちゃった。ところで、この数字は何かって思いませんでした?(目次ページのイラストを開いて)


長嶋 あー、さっき思いました。

木内 これはね、タイルが一枚ずつフォトショップのレイヤーなんですよ。レイヤーパレットっていうのがあって、クリックすると、どれがどのタイルだかわからなくなっちゃうのね。それで番号をふった。

長嶋 それをそのまま流用したんだ。っていうか我々はレイヤーっていうものが何なのかもよくわからないけど。

木内 透明なフィルムを重ねてるみたいな感じ。だからこことここと重なっている部分が濃くなっているんですよね。境目のところが。

長嶋 ところでよく考えるとなんで向こうが松の木なの?

木内 風呂屋みたいなことがやりたかったんですよ。富士山みたいな。こんな飛行場たぶんないと思うよ。
オビつき オビなし

 そういえば、UFOには気づいた?

長嶋 なに? UFOなんてないじゃん。

 まっさきに気づいてくれた人もいたけどな。こうして帯をとると・・・

長嶋 あ! UFOだ! マジで!? えー、知らなかった。

「短歌の味わい方」

編集部 この本を読んでくれる方の中には、短歌初心者も多いのではないかと思います。そういう人たちが「よくわからない」と感じた時に「自分がいけないのかな」とか「何かが足りないのかな」と思ってしまうこともあると思うんですね。そういう方たちに、何かメッセージをお願いします。

長嶋 僕、マガジンハウスの「ウフ.」っていうPR誌で半年間俳句の連載をやったんだけど、編集者が原稿を受け取った時のレスポンスのメールが歯切れが悪い時がたまにあって、「今回はだめだったのかー」って思ってたのね。ところが、後から聞いたら、俳句って「いい!」って思っても、「あ、そんなのいいって言うんだ」とか言われそうで、なんとなく誉めにくいんだって。僕の俳句なんてすこぶる口語的で、季語だってみんなが知ってる言葉しか使わないのに、こういうのを「いい」って言っていいのか、みたいなのがまず絶対にあるみたいなんだよ。それは、僕が異なるジャンルのものに接したときに「うまく言えないですけどいいですね」っていう以上の言葉が出ないときってやっぱりあるから、それと似ているんじゃないかな。「そんなこと言ったって、こんな簡単な言葉だよ」って書いてる側は思うんだけど。だから東さんの短歌もすごいわかりやすい言葉だけど、敷き居はどうしてもあると思う。でもね、それを言うなら絵だって大抵の人間は素人でしょう。でも、この本を見て、絵に関しては、それこそぱっとめくったら「わぁー」って思うと思うんだよ。で、「わぁー」って思ってるのは素人なんだから、短歌も別に素人のまま「わぁー」って言っていいんだよという気がするな。これは、「いいんだよ」って言い続けるしかないよね。読み違えたっていいし、それはぜんぜん恥ずかしいことじゃない。

編集部 なるほど。

長嶋 でもなぜか短歌や俳句って、読み違えたら失礼だ、みたいな気持ちが働くみたい。まあ、理屈でそうは思っていても、僕も現代詩なんかは構えて読んでしまうけど。でも、テレビを見て「面白い」「面白くない」というのと地続きなくらい、ふつうに読んでいいんだなって最近ようやく思えるようになった。詩を作った人に聞いたら「それでいいよ」ってたぶん言うと思うんだよね。でも一方で「そういうのがいいっていうんだ?」みたいなのがないかっていうと、ある。作者はわがままだから。でも読者もわがままでいいんだよ。東さんに関して言うと「そこ誉めるか?」っていう人じゃないから。なんでも「誉め」は喜ぶ女だよ、この人は(笑)。

東直子氏
 よくわかってらっしゃる(笑)。

編集部 じゃあ、安心して、自由に読んで大丈夫、ということですね。

 むしろ、わざと背景っていうか、細かい状況というのを隠して、読者自身の中にあるものを広げてもらえるのがいいなと思ってずっと作っています。「無責任だ」みたいな評価を受けることもあるんですけど、そこはわざとしてるんだ、と。全部の歌を気に入ってくださいっていうのはぜんぜんなくて、一首でも「あーこの気持ちわかるな」みたいなものを感じとってもらえればうれしいな、と思います。

長嶋 短歌の読み方は本当にそうで、だいたい暗記できないじゃん。「このあいだの短歌よかったよ」とか言って、「よかった」ってことだけ覚えていて、ちゃんと覚えていられない。だから、それこそすごくいい一首で十分だ、「十分」っていう言い方は変だけど、でも本当にそう思うんだよ。小説だって、同じようにワンフレーズしか覚えてなかったりするじゃない? でもワンフレーズ、いつまでも忘れないワンシーンがあれば、大成功! みたいな感じがある。

 小川洋子さんもそういうふうに言ってた。このシーンを書きたくて書く、っていうか。それでいいんじゃないかなと思うって。

長嶋 そういうふうに自分の読書歴を思い返せば、印象に残ってるのって大抵ワンシーンとか、ワンフレーズなんだから、そう考えると全部の短歌に感じ入る必要なんかぜんぜんなくて、ひとついい出会いがあればいいんじゃないかな。

 小説などでも、案外サビにあたる部分よりも、なんでもない部分をよく覚えていたりしますよね。なんか食べてる場面とか。

長嶋 食べ物は覚えてるよね。うまそうだったとか。

 そういう受け止め方でもぜんぜんかまわないと思うんですよね。


 
『愛を想う』
東直子×木内達朗 著
定価:1,260円(本体:1,200円)
判型:四六変形判
ページ数:102頁
繊細であやうい女心を鮮やかに描きだした言葉と、シンプルでありながらどこまでも深いイラストが紡ぐ、切ない愛の世界。気鋭の女流歌人と実力派イラストレーターのコラボレーション!
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