『船に乗れ! Ⅱ』連載開始記念特別インタビュー

連載『船に乗れ! Ⅱ』はこちら

 

――今回、音楽高校でチェロを専攻する少年・津島サトルが主人公の青春小説三部作をお書きになっているわけですが、タイトルが、音楽とまったく関係のないように思えます。「青春音楽もの」のヒットの法則に対するアンチテーゼでしょうか(笑)。このタイトルにこめられた思いを、まずお聞かせいただけますか。
 
藤谷 こんなことを言ったらびっくりされるかもしれないけど、『船に乗れ!』というタイトルは、勢いで選びました。
 
――哲学者ニーチェの著作『悦ばしき知識』(ちくま学芸文庫他)の一節からとられたんですよね?
 
藤谷 どうやら、このタイトルにまつわる話を、第三部で主人公がするらしいということは念頭にあるんです。でも、今回書き下ろしで単行本として上梓した第一部、そして『ポプラビーチ』での連載がスタートする第二部から、どのようにつながっていくのかっていうことは、現時点ではまったく考えていません(笑)。
若干かっこつけているように聞こえるかもしれないけど、タイトルは、主人公が決めたんですよ。僕は、なんでこのタイトルになったのかわからない。だけど、それはつまり、僕自身がこの三部作に描かれるような経験をして、何年も何年も経って、書き始めたときに残っていた言葉ということなんですよね。
 
――藤谷さんご自身が音楽高校に通われ、チェロを弾いていらっしゃったということは、これまであまり知られていないと思います。『船に乗れ!』は、ご自身の高校時代の体験をベースに書かれていると考えてよろしいでしょうか。
 
藤谷 僕は、小説家としてデビューしてから、大学時代や社会人時代の話はいろいろしてきたし、実際小説にも書いてきました。だけど、高校のときの話は、意図的に避けていたところがあるかもしれませんね。自分は音楽をやっていた人間で、いわばそこから逃げ出した人間であるという気持ちが、自分の中でとても強いものですから。今回、ジャイブとポプラ社の編集者から「ヤングアダルトを書いてみませんか」というお話をいただいて、ある意味一念発起で、思い切って自分の高校時代をベースに書くことにしました。
 
――最近、「ヤングアダルト」つまり主に中高生向けに書かれた小説が、幅広い年代の読者に受け入れられているという素地があります。
 
藤谷 でも、書き始める前からつらくてつらくて、第一部を書き終わった今でも、本当につらい。「逃げ出した」と自己認識している人間が、そのことを自分で掘り起こして書いていくという行為そのものが、正直、あまり楽しいことではないと思いますよ。
ちなみに、第一部には、サブタイトルとして「合奏と協奏」とつけました。これから連載で書いていく第二部のサブタイトルは「独奏」です。このサブタイトルから、振り子のように振幅の大きい高校時代というものを、感じていただけると思います。第二部は、青春期の光と影のうち「光」の側面――恋、未来、自分たちの将来性、希望みたいなものを疑わない無垢さ――を描くところから始まりますが、徐々に「影」に向かっていきます。そして、まるで砂の塔がどんどんと崩れていくかのように、急転直下、登場人物たちはドラマの中に巻き込まれていきます。自分の実体験に即して書くとなると、そりゃあもうしんどいわけです(苦笑)。
 
――青春が「戸惑いの第二部に突入!」といった趣きですね。
 
藤谷 戸惑いなんて、そんな生易しいものではないと思いますよ。高校生の頃って、本当にちょっとしたことで、人生が変わってしまうような岐路にいる、ということだと思うんです。それはおそらく、音楽をやっているとかやっていないとか、あるいは高校に行ったとか行ってないとか、そういうこととはあまり関係がない。15~18歳くらいの年齢のときに、ちょっと触れたもの、ちょっと感動したもの、またちょっと傷ついたことで、まるっきり別の人生を歩んでしまうということは、大人なら誰でも身に覚えがあるのではないでしょうか。「今にして思えば」っていうのが、つまり、青春ということでしょう。
その現場というか、その真っただ中を、この連載では描きます。ドイツへの留学など、僕の音楽高校における実体験に基づいているところもありますが、もちろんフィクションを入れて、大きな物語として書こうと思っています。その結果、青春時代にはちょっとしたことで人生が変わってしまうというテーマがクローズアップされて、読者の皆さんにドラマチックに訴えかけるものがあればいいな、と思っています。
 
――つまり、音楽をやっている人でも、そうでない人でも、普遍的に共感できる物語になっていく、と。
 
藤谷 音楽に賭ける高校生を主人公にしたというのは、結果としてものすごくよかったと思っています。普遍性を獲得できたという点で。音楽に限らず、何かに打ち込んでいる人は共感してくださるでしょうけど、ドラマは過程にこそあるんです。スポーツにしても芸術にしても恋愛にしてもそうでしょう。音楽に関して言えば、楽器を持って舞台の上に立ち、演奏し始めたときには、もうすでにドラマとしては終わっているんです。音が出せない、指がまわらない、どうしていいかわからない、というところから、音楽をものにしていく、獲得していくプロセスがドラマだと思うんですが、音楽学校というのはまさにそれを日々目の当たりにするような場所なんです。完成している人間は、一人もいません。
そういう意味では、現在の僕も、そのプロセスの真っただ中にいると言えるかもしれませんね。青春小説三部作の第一部を書き上げたというのは、三楽章ある曲の、一楽章だけようやく弾けるようになったに等しい。これが例えば、二楽章の十小節目とか、三楽章の七小節目とかで終わってしまったとしたら、それは何も終わってないに等しいのです。つまり僕は今、まったくもって青春を追体験しているというか、もう一回やっているような状態です。ある意味、ティーンエイジャーのように精神的に不安定かも(苦笑)。かつてさまざまな小説家が、三部作という大きな物語は作ってきたでしょうが、同じモーツァルトの曲を演奏しても人それぞれ違うように、僕が『船に乗れ!』を書き上げたら、今までの誰の三部作とも違うものになるはずです。だから、青春期のような暗中模索のプロセスを経て、最後まで書ききらないことには、登場人物だけでなく、生身の僕も救われません。願わくば、このリアルな気持ちを読者の皆さんと共有したい、と思っています。
 
――著者自身が青春を追体験しながらお書きになっているというのは、稀有な例かもしれませんね。その点からも、「本格青春小説」と銘打っても、決して過言ではないように思います。
 
藤谷 青春という言葉には、使い古されたイメージがあるかもしれません。なぜ使い古されたイメージがあるかというと、使い古されるくらい何度も何度も人が繰り返し口にするほど、それはとても重要なキーワードだということでしょう。真正面から見すえて言えば、ものすごく貴重で、簡単には片づけられないだけの深さを持っている。
そんな「青春」というものを、こんなに実践的なやり方で小説として書くという経験は、僕はこれまでなかったし、口幅ったいようですが、他の人にそうそうあるとも思えません。こんなにつらいの、おすすめできません(笑)。
 
――藤谷さんは過去の文学に対する造詣が深いですが、『船に乗れ!』をお書きになるにあたって、意識している過去の青春小説はありますか?
 
藤谷 あるけど、恥ずかしすぎて言いたくありません。そんなの、いくらなんでも生意気すぎる(苦笑)。
重量挙げで、90キロのバーベルを持ち上げられないときには、いったん150キロくらいのを挙げてみるらしいですね。たとえちょっとしか挙がらなくても、そのあと90キロを挙げてみると、軽く感じるから。それと同様の意味で言わせてもらえるなら、僕は、超一流の青春小説を念頭に置いて書いてます。ひとつは、ロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』。この作品は、ベートーベンの生涯を下敷きに、それとはまったく別の、ロマンロランと同時代の音楽家の生涯を書いたフィクションです。なんと、500ページの文庫本4冊分の大長編! 『ジャン・クリストフ』はたぶん、今後、『船に乗れ!』の中に登場してくると思います。もうひとつは、言わずもがなですが、夏目漱石の『三四郎』です。しかし、こんなにすごい青春小説を念頭に置いていると、自らの才能が及ばない痛みに、あとで落ち込むことがあります。書いてる途中でもあります。
そりゃあ、目標は高いほうがいいと思いますよ、自分でも。僕が現代の『ジャン・クリストフ』を書きます! と言いたいくらい。でもロマン・ロランは、『ジャン・クリストフ』を10年かけて書いているんですよ。ぼくは今45歳だから、そんなには時間をかけられません。
 
――『船に乗れ!』は、1年から1年半くらいかけて、三部作累計約1400枚が完結の予定ですが。
 
藤谷 だから、『ジャン・クリストフ』の10分の1くらいの出来なら御の字ってことで(笑)。『ジャン・クリストフ』は、ボリュームだけでなく、内容も重いですよ。ズシっと。
 
――まだ三分の一を読ませていただいただけですが、『船に乗れ!』は、それこそもっと重たいトーンで書くことも可能だったのでは、と感じました。先ほどご自身の口からも語っていただきましたが、『船に乗れ!』も、そこで描こうとしているテーマは重厚です。ですが、ある意味語り口に「軽み」があると言うか、一部登場人物のキャラクターが寄与している面もあると思うんですけど、読んでいるとなぜか笑えるんですよね。
 
藤谷 陰気になる、暗くなるというナルシシズムを、自分に対して禁じているところはありますね。本当かどうかわかりませんけど、「泣かせることは簡単だ」みたいに言われるじゃないですか。一方で「笑わせるのは難しい」と。難しいもののほうが貴重だと思っているわけではありませんけど。楽しいこと軽いことを軽く読ませるのは、比較的ラクそうに見える。他に書きようがないというのもあるんだけど、僕はできるだけ、軽くないことを軽やかに書きたい。でも、それをどうやって書こうか考えているときって、外見的にはひっくり返ってテレビ見てたりするだけだから、口では「つらい、つらい」と言っていても、妻からしたら「何がつらいんだ」ってことでしょうけど(笑)。
 

――『ジャン・クリストフ』の10分の1などとおっしゃらず(笑)、引き続きしんどいでしょうが、どうか頑張ってください。本日はどうもありがとうございました。

『船に乗れ! Ⅰ 合奏と協奏』 10月29日、JIVEより発売!

 
高1春、音楽のできる仲間と澄んだ目の女子に出会った――
音楽一家に生まれた僕・津島サトルは、チェロを学び芸高を受験したものの、あえなく失敗。不本意ながらも新生学園大学附属高校音楽科に進むが、そこで、フルート専攻の伊藤慧と友情を育み、ヴァイオリン専攻の南枝里子に恋をする。夏休みのオーケストラ合宿、市民オケのエキストラとしての初舞台、南とピアノの北島先生とのトリオ結成、文化祭、オーケストラ発表会と、一年は慌しく過ぎていく。

プロフィール

藤谷治(ふじたに おさむ)

1963年東京都生まれ。洗足学園高校音楽科、日本大学芸術学部映画学科卒業。2003年に『アンダンテ・モッツァレラ・チーズ』(小学館)でデビュー。08年、『いつか棺桶はやってくる』(小学館)が三島由紀夫賞候補になるなど、注目を集めている。著書『マリッジ:インポッシブル』(祥伝社)、『下北沢 さまよう僕たちの街』(ピュアフル文庫/リトルモア)、『恋するたなだ君』(小学館文庫)ほか。共著に『青春音楽小説アンソロジー Heart Beat』(JIVE)などがある。

最新記事

バックナンバーはこちら

ポプラビーチを読んだ感想をぜひお寄せください。
皆さまのおたよりお待ちしております。
感想を送る
WEB マガジン ポプラビーチ powered by ポプラ社
ポプラビーチトップへ戻る