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公演のたびに話題をよぶ〈劇団☆新感線〉の座付き作家として、その人気を支えてきた中島かずきさん。このたび『髑髏城の七人』(マガジンハウス刊)で小説家としてもデビュー。
『髑髏城~』によせる思い、お芝居と小説の見どころの違いなどについてうかがいま した。 |
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中島かずき(なかしま・かずき)
1959年福岡県生まれ。出版社に編集者として勤めるかたわら、85年から〈劇団☆新感線〉に座付き作家として参加。演出家いのうえひでのりと組んで“いのうえ歌舞伎”と呼ばれる大ヒット時代劇シリーズを作り上げる。03年、『アテルイ』で第47回岸田國士戯曲賞を受賞。このたび『髑髏城の七人』を小説化し、ますます活躍の場を広げている。 |
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「芝居だからできたこと、小説にできること」 |
――劇団☆新感線の『髑髏城の七人』は1990年に初演、97年に再演。脚本は役者にあわせてたびたび書き替え、小説は七番目の”髑髏城”とうかがいました。しかもノベライズではなく、あえて書き下ろし。この作品には並々ならぬ思い入れがおありなのだと思います。もともと小説化にこだわりをお持ちだったのでしょうか。
中島 そうですね。前から『髑髏城の七人』は、芝居と違ったイメージを温めてきました。とくにラストシーンです。あれは絶対に舞台では再現できませんからね。他にもいくつかあって、たとえば蘭兵衛(蘭丸)がどうして本能寺の変で生きのびられたのか。初期のころから舞台とは別の案(信長が「儂を、松永弾正と同じ無粋にしてくれるなよ」と森蘭丸に茶器を託したという筋書き)を考えていました。でも、いざ芝居でやろうとすると、「松永弾正っていったい誰だ?」というところからはじめないといけないから、あきらめてたんです。
オープニングの場面も、書きたいイメージがはっきり見えてました。色里に見慣れない男(主人公・捨之介)が現れて、その男に抱かれると、たちまちいい女になると噂が立つ。いったいその男は何者なんだ? からはじめようと。
そこで昨年、編集担当の方(マガジンハウス・喜入冬子さん)から「小説を書きませんか」というお話をいただいたとき、どうせなら春と秋の二度にわたって公演をする“髑髏イヤー”の2004年に重ねて、『髑髏城の七人』を小説化してはどうでしょうか、と僕から言ったんです。はじめと終わりのイメージがここまで出来ているんだから、なんとか書けるだろうと。現実はそんなにとんとん拍子にいきませんでしたが。
――実際、小説『髑髏城の七人』をお書きになってみて、いかがでしたでしょうか。脚本と小説の違いについて、とりわけ意識なさった点があれば教えてください。
中島 舞台の上で通用する「嘘」と、小説で使える「嘘」の違いでしょうか。お芝居でのリアリティと、小説でのリアリティの追求の仕方は若干違いますからね。はじめはその「違い」に苦労しました。お芝居だと、セットの奥がどんな間取りになっているのかとか、物語に出てくる地理にそれほど正確さは求められない。山奥の刀鍛冶のところへ出かけていったのに数分後には戻ってきて、「もう帰ってきたのかよっ」と突っ込みたくなっても、舞台上では流される。
でも小説の場合は違います。読み手は字面を追って、世界観を把握してゆきますから、説明によって状況を明らかにしていかなければ、イメージが湧かない場面がある。小説にリアリティをもたせるために、「上杉がいて、北条がいるから、この辺は……」と事実関係を調べたりしました。他にも“百人斬り”のように、舞台では大事な見せ場でも、小説でやっても意味がない、生かしきれない場面は削りました。
「小説好きが読んで、面白い小説とは」
――本書では、その展開の速さと、映像が次々に浮かぶ描写に圧倒されました。特に一瞬の隙をつくような立ち回りのシーンは、ひとコマひとコマをつないで映像を作ってゆくアニメーションか漫画を目にしているような感覚です。これは、おそらく中島さんが、25年間座付き作家として、生身の役者をイメージしながら脚本をお書きになってきたことや、漫画の編集者としてご活躍されていることも何か影響しているのではないかと思いました。
中島 漫画の編集経験は、かなり大きいと思います。実際、頭の中に「画」というか、コマ割りを考えながら書いているし、自分の中にある具体的なイメージを描写している感じですから。描写について言えば、夢枕獏さんが描く“格闘”のシーンに影響を受けているのかもしれません。例えば、「叩いた。叩いた、叩いた」というふうに、同じ言葉のくり返しで描写する。話の骨格なんかは、隆慶一郎さんや、山田風太郎さんの影響もあって。僕はもともと伝奇SFから入ったので、半村良さん(※1)の『産霊山秘録』(むすびのやまひろく)をはじめ、国枝史郎(※2)さんや白井喬二(※3)さんの作品も好きだったんです。
実は90年頃、隆さんの作品をちょうど読みはじめた時期に、「ああ、世の中にはこんなに面白い小説があったのか」と衝撃をうけて、お芝居にもその要素を取り入れました。まあ、そのときは舞台での話だからよかったのですが、今回小説を書くことになって、「しまった、こりゃ『吉原御免状』じゃないか」と。「色里に影武者、これはまずいんじゃないの?」と焦ったりして。10年前のことだから、意外と忘れてるんですよ。『吉原御免状』にインスパイアされているのは間違いないですから、それはそれとしても、パクリだと言われないようにどうやって書こうかと途方にくれました。
ともかく、イメージを(小説として)文章に落としこむ作業は初めてで、描写の仕方はもどかしい部分がたくさんありました。「〈言った〉か〈見た〉か〈ほほえんだ〉か〈ふりむいた〉ばかりじゃないかっ」と(笑)。僕自身、小説が大好きなので「自分が読んで面白い小説」かどうなのか、を考えながら書いたのですが……。
「何でもない人間が、ゼロから闘って勇者になる物語を」
――中島さんの作品の登場人物は、独特な「濃さ」を持っているように思います。どの作品でも、「女」が強くしなやかで、痛快な台詞を口にしていますよね。本書では、ヒロインの極楽太夫が闘いに挑む際の、「真夫が命懸ける時に黙って見てちゃあ、死んだあの子らに笑われる」という台詞が印象的でした。
中島 僕は、湿っぽいのは嫌いなんですよ。とくに女の人がじめじめしているのは、何か違う気がします。だって、本当は男の方が弱かったりするでしょ。実際、いままで会ってきた女性のことを思い出しても、潔くて自立した人が多いと思いますし、強い女性の方が魅力的に感じます。いろんな人がいるから、そりゃじめじめした女性もいるだろうけれど、それは別に僕が書かなくてもいいかなと。女の人が普段の会話で「~だわ」「~なのよ」「~かしら」を使うかというとそうでもないでしょう。お蝶夫人くらい「ですわ」なんて言い切ってしまえば“あり”だと思いますが。
――もうひとつ登場人物について特徴的だと思ったのは、完璧なヒーローや悪人はひとりもおらず、ヒーローも影を背負っていたり、悪人に見える者も心中では葛藤していたりしますよね。どの人物も白黒つけがたく愛すべき存在に描かれています。
中島 それは、僕が座付き作家だということもかなり影響しているかもしれません。どの役者にも花をもたせてやりたい。憎まれないような役柄を意識してつくっているんです。お客さんを飽きさせないためにも、絶対に捨てキャラを作りたくないんですよ。だからいつも芝居が「長い」と言われちゃうんですけど(笑)。
小説『髑髏城~』では、“渡京”のキャラクター作りに苦労しました。彼は、仲間を裏切る、裏切ってやるんだ、と公言していて、そう言っている自分すら裏切ってしまう。徹底的に裏切る役柄です。そんな嫌な奴でも、お芝居では役者のリズムとギャグで笑いをとることができます。だけど小説ではそうはいかない。ちゃんと彼が裏切ることの意味と、なぜ彼がここにいるかを描かなければいけません。結局、小説では蘭丸の(侍の大義による)裏切りと対比させるように描きました。
あとは、僕が民話や神話好きだってことも、キャラクターの作り方に関係しているのでしょうか。民話に出てくる「鬼」は他民族では「神」だったり、一筋縄ではいかない民族の“闇”のようなものが民話や神話にはある。生まれ故郷の福岡の筑豊では、立場の違う人間達のぶつかりあい、単純に善悪では割り切れない状況を目の当たりする機会も多かった。その経験は、僕が書く作品のテーマにつながっている気がします。水戸黄門とか暴れん坊将軍とか、もっというとドラゴンクエストも昔から嫌いで(笑)。王の子どもなら勇者、勇者の子どもは勇者という構図じゃなくて、何者でもない人間がゼロから闘って勇者になる話のほうが痛快ですよね。僕が書きたいと思っているのも、そういう作品なんです。
「“いのうえ歌舞伎“の職人として」
――座付き作家として作品をお書きになっていることの、よろこびと大変なところを教えてください。
中島 うーん、“よろこび”というかなんというか、座付き作家として書くこと「しか」できなくなってますからね。決まった役者がいて、こういう設定になっていて……と、ある程度制約がないと書きにくい。僕は〈劇団☆新感線〉を一種の手法だと思っていて、いのうえひでのりの演出で活劇をやれば、もう〈劇団☆新感線〉なんだと思っています。もちろん、それを体現する役者がいて成り立つんですけど。僕は、素材をもらって料理する役だから、職人みたいなものです。大変なところは……、まあ、あえて言うとすれば、どの役者にも花をもたせる瞬間をつくってやりたい、と毎回悩むところでしょうか。脇役にも見せ所を、と考えます。この辺りは、歌舞伎の座付き作者的な発想ですね。
歌舞伎は、(鶴屋)南北が好きなんです。『(東海道)四谷怪談』で知られていますが、殺し・亡霊・祟りの怪奇残酷でブラックな作品を描きつつ、庶民の側に立っていた作家ですよね。新劇以降、運動として、お勉強としての演劇がもてはやされたけど、僕は、江戸時代の「庶民による庶民のための」純粋なエンタテイメントだったころの歌舞伎こそ格好いいと思っていて、新感線の芝居もおなじものでありたいと思っています。何となく言いはじめた“いのうえ歌舞伎”も、その精神に根ざしているんです。
「“髑髏イヤー”ならではの楽しみ方」
――実は、私は小説『髑髏城の七人』を読んでからお芝居を観せていただきました。ページをめくりながら、これが舞台ではいったいどんなふうに表現されているんだろうと考えていたので、お芝居を観て驚きました。大筋やセリフは共通しているものの、まったく別の作品として楽しめます。これからは、小説から入る〈劇団☆新感線〉ファン、中島さんファンが増えてゆくのでしょうね。
中島 ありがとうございます。芝居には芝居の良さがあるし、小説には小説の良さがありますから、それぞれを楽しんでもらえるとうれしいです。小説では、舞台には出てこない“裏設定”が書かれているので、見比べてみると面白いかもしれませんね。
――では、最後に〈劇団☆新感線〉の座付き作家として、今年の公演の見所についてお聞かせいただければと思います。
中島 “髑髏イヤー”の今年は、春の『アカドクロ』と秋の『アオドクロ』の違いがはっきりしているところですかねぇ。映画でいえば、アカが黒澤映画のようなタッチで、アオが東映オールスター時代劇のようなタッチ。アカは5人斬ったら脂ぎって切れない刀だけれど、アオは百人斬ってもまだ切れる、大川橋蔵(※4)の刀みたいな立ち回り、とでもいうのでしょうか。ホンも演出も変えます。アカが骨太な人間ドラマを目指したとしたら、アオは派手に見せ場を作って若さ故の暴走という疾走感を出したいですね。そのあとは12月に帝劇で『SHIROH』というオリジナルロックミュージカルをやります。初挑戦ですから、「とりあえずやれるだけのことはやる。たとえ前のめりに倒れようとも」という覚悟だと、いのうえとも話してます(笑)
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(※1)半村良……1933~2002年。小説家。伝奇SFと人情話を得意とした。73年『産霊山秘録』で第1回泉鏡花賞を受賞。75年には「雨やどり」にて第72回直木賞を、88年には『岬一郎の抵抗』で第9回日本SF大賞を受賞している。他作品に『妖星伝』「など。
(※2)国枝史郎……1887~1943年。小説家。神秘的で、異形の物が登場する伝奇的な作風が特徴。作品は『蔦葛木曽棧』(つたかずらきそのかけはし)、『神州纐纈城』(しんしゅうこうけつじょう)、『八ヶ嶽の魔神』(やつがたけのまじん)などが知られる。伝奇SFのジャンルの先駆け。
(※3)白井喬二……1889~1980年。作家。講談・落語が全盛の大正期、娯楽雑誌にて捕物帖風の読み物を発表し、その画期的な文体と構成が話題を呼び、後の大衆文芸に大きな影響をもたらした。『富士に立つ影』をはじめ作品は多数。仏教用語だった「大衆」(だいしゅ)を「たいしゅう」と読み替えた人物とも言われる。
(※4)大川橋蔵……1929~1984年。俳優、歌舞伎役者。東映に入社後、『笛ふき若武者』でスクリーンデビューし、『若さま侍捕物帖』、『銭形平次』などに主演。鬼気迫る立ち回りと優美な演技で人気を博した。 |
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構成/文 編集部 |
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『髑髏城の七人』
中島かずき著
定価:1470円(税込)
判型:四六判並製
ページ数:295頁
(あらすじ)
時は、天下統一前の天正18年。混沌とした荒野であった関東。不気味にそびえる髑髏城に無頼の七人が集まった。天下をとるのはあの方であったはず……。それぞれの思いと刃が真っ向からぶつかる。〈劇団☆新感線〉の名脚本家・中島かずきがおくる新感覚の時代小説。
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〈劇団☆新感線〉
1980年より、いのうえひでのりが主宰。85年に中島かずきが座付き作家として加わり、人気時代劇シリーズを送り出す。“活劇“にこだわり、音響を駆使して演出された作品は、”いのうえ歌舞伎“と呼ばれ、ファンをひきつけてやまない。
『髑髏城の七人』は90年の初演以来、7年ごとに上演。今年は、春は古田新太主演の“アカドクロ”、秋は市川染五郎主演で“アオドクロ”版として、公演の予定。
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