これまでほとんど知られることのなかったアメリカ女子刑務所の様子を赤裸々につづった『プリズン・ガール』が、今月、ポプラ社より刊行された。今回は、この『プリズン・ガール』の著者・有村朋美さんと、2004年に『獄窓記』で第三回新潮ドキュメント賞を受賞した山本譲司さんに、日米の刑務所について存分に語ってもらった。驚くべき真実が今、明らかに……!! 
(構成/編集部)

<後編>

山本:そういえば、「プリズン・ガール」に、人気者のオカマちゃんの受刑者が出てきますよね。アメリカの刑務所は性転換手術をした人は女子とみなされるとありますけど、あの人って、本当は切らないほうがよかったんじゃないですか? だって、男子刑務所には同性愛者がいっぱいいましたけど、彼らは楽しくてしょうがないといった感じでした。男に囲まれて生活するわけですからね。刑務官が号令かけるときなんて、ぽーっとして見ている。刑務官のほうも、「せーんせ」なんて品をつくって言われると、顔を赤らめたりしてね。

有村:でもラティーシャ(『プリズン・ガール』に出てくるオカマちゃん)の場合は、女子刑務所でも、ものすごい人気者だったんです。彼女のあとをみんながゾロゾロついて歩くくらい。男子刑務所はギャングどうしの抗争が中まで持ち込まれてたりしてこわいって話を聞いたので、逆に女子刑務所のほうがよかったんじゃないかな。そういえば、死ぬまで男子刑務所で暮らさなきゃならないってわかったときに、ある受刑者が自分の性器を切り落としたっていう話も聞きました。でも、ラティーシャは身長が2メートル近くあってデカかったので、男子刑務所でも負けてなかったかもしれません(笑)。

山本:僕のいたところでも、オカマちゃんはヤクザに負けていませんでした。なんせ口が達者でしたからね。それにひとたび怒ると、ひっかいたり噛みついたり、すごかったですよ(笑)。

有村:アメリカの女子刑務所は、ある種のレズ社会でしたね。もともとはレズじゃなかった人でも、恋人がいないと寂しいからレズになっちゃうみたいです。だから、刑務所にくる前は女の子らしかったコが、入ったとたん、髪の毛短くして、いきなり男っぽくなったり。男役と女役に別れて、男役の人は、恋人に身の回りの世話をやかせたりするんです。そのぶん、周囲から守ってあげたり。だからレズになるのも、刑務所の中で生き延びる一種の知恵と言えるかもしれないです。

山本:日本の少年院に似ていますよね。少年院は行刑施設じゃなくて教育施設なんで、中はわりと自由だけど、その代わりアメリカの刑務所みたいに弱肉強食の社会になっているそうです。成人刑務所にいる同性愛者は、少年院時代にそうなった人がけっこう多かった。

有村:「同性愛者」というのを調べるテストがあるんですか?

山本:日本の受刑者は、入所後にすべて、分類審査といわれる身上調査を受けます。心理職の職員による面接を受け、そこで適正を診断されて、受刑者個々にあった刑務所に移送されていくんです。

有村:アメリカでは、同性愛者を調べるテストはなかったですね。同性愛者への差別につながるからなのかもしれないけれど。でも、「ギャング組織に入ってるかどうか」などは徹底的に聞かれます。あと、「入れ墨を入れているかどうか」とかも厳しく調べられます。HIV検査も当然ありました。アメリカの刑務所は、HIVポジティブの人がものすごく多いようでしたから。

『獄窓記』著者 山本譲司さん
山本:さらに日本の刑務所では、受刑者全員がIQテストを受けなければならない。その結果が「矯正統計年報」として毎年だされていますが、それは本当に驚きの数字です。実に全受刑者の4人に1人が、知的障害者と認定されるレベルの知能指数なんですね。僕の体験からいっても、この統計は間違っていないと思います。要は、本来なら福祉によって支援を受けるべき人たちが、福祉や行政と接点も持つことができずに、結局、罪を犯して刑務所に入ってきてしまっているんです。僕はこの現実を知った時、最初は、犯罪者に厳罰を求めるマスコミ世論に押されて、障害者であろうと塀の中へ、という構図だと思っていたんです。でも、実態はそうではなかったんです。社会の中で居場所を失った彼らは、無銭飲食や置き引きをしてしまい、その結果、司法の網に引っかかることによって、どうにか刑務所の中で保護されている。そして、ようやく生き延びることができている。悲しいかな、それが現実でした。「これまで生きてきた中で、刑務所が一番暮らしやすい」。これは、障害のある受刑者が口にした言葉なんですが、実に重たいですね。彼らも、いつかは刑務所を出ます。でも現状では、社会の中に受け入れ体制はないんです。だから僕は今、彼らの社会復帰に向けた出口をつくろうと活動しているんですけどね。

有村:私が入った連邦刑務所は、ドラッグの組織犯罪でつかまった囚人が圧倒的に多かったです。ただ、ギャング組織で、一度に35人殺したというおばさんはいましたけど……。日本へ強制送還される前に、州刑務所に40日間収容されたのですが、そこには殺人犯や強盗犯がうようよいました。

山本:アメリカの場合、連邦刑務所、州刑務所、郡刑務所、それから民間が経営する刑務所まであって、それぞれ犯した罪によって移送先が決まるようですね。著名人や政治家が実刑判決を受けると、陸軍の刑務所で特別扱いをされる。そんな話も聞いたことがあります。日本の場合はその点、どんな人間でも平等です。これは評価すべきところだと思います。アメリカでは、受刑者からお金をとる刑務所までできていますね。「お金がある人はこの刑務所に来てください、一日あたり○○ドル払ってもらいますが、食事や待遇もいいですよ」と。まさに、地獄の沙汰も金しだい、非常に不公平ですね。それに、アメリカでは政権が変わるごとに、恩赦を出しまくるでしょ。クリントン前大統領なんかは、恩赦によって寄付金を集めていたというくらいですから。

有村:それをまた共和党が攻撃したりしてましたね。

山本:ええ。身内に受刑者がいる金持ちからどんどんお金を集めるという。

有村:山本さんは刑務所でこわい目にあったこととかはないですか? アメリカの場合、規則がゆるく自由なぶん、殴りあいのケンカ、血まみれのケンカが毎日のようにあるんですよ。女性といっても、身長180センチ以上、体重100キロ近くの囚人たちが多いので、ケンカは本当にこわかったですね。私なんかが巻きこまれたら、本当に殺されてしまうと思って、ケンカにだけは、いつもおびえていました。

山本:厳重な警備体制のもとでも、それはありますね。過剰収容状態の中では、精神の均衡を保っていくのが非常に難しくて、ほとんどの受刑者が拘禁ノイローゼになっていました。ストレスも溜まっている。だから、ちょっとしたことでも暴力騒動になっていました。そしてそれが、傷害事件として毎年何件も立件されています。僕がいた刑務所は約1800名の受刑者が収容されていましたけど、揉みあいレベルのケンカは毎日5、6件はありましたね。そのたびに報知器がなるんです。そうすると、何十人もの刑務官がわぁーっと騒動の現場に駆けつけます。結果は、喧嘩両成敗。ケンカに関わったすべての受刑者を、神輿をかつぐようにして懲罰房に連れていくんです。

有村:毎日5、6件かあ。そこまでは多くなかったかも。日本でも結構あるんですね……。

山本:まあ、男子と女子ということでも違うんでしょうね。ただ、もともと任侠が牛耳っていた社会だから、弱いものに手を出したりとか、そういうのはあんまりない。

有村:それはアメリカでもなかったです。私はけっこう驚いたんですけど、弱い立場の人、たとえば年配の方とか体が小さい人をいじめたりとか、口をきいてあげなかったりとか、そういうのはぜんぜんなかったです。ただ、みんな表面ではニコニコしてるのに、すっと悪いことをするというのが多くて、それはいちばんたちが悪かった。
山本さんは、アメリカと日本、どっちの刑務所か選べるとしたら、どちらに入りますか?

山本:有村さんの本を読んで、アメリカの刑務所も体験してみたいと思いました。いや、服役じゃなくて、視察ですが(笑)。でもまあ、どっちともよくないですね。行刑に対するポリシーのないアメリカと日本。何の理念もなく、ただ、「臭いものには蓋」的な考えで、アメリカも日本も刑務所を運営している。行刑施設というのはまさに社会の写し鏡であって、その国の人権に対する考え方、福祉のレベル、すべては刑務所を見ればわかるといわれています。本来ならば、法治国家にとって行刑というのは、道路や水道と同じように、国の重要なインフラであるはずです。その点、ヨーロッパの国々では、そうした考えが行刑運営にきちんと反映されています。タックス・イーターである受刑者を刑務所内でちゃんと更生して、スムーズに社会復帰させることによってタックス・ペイヤーにする。そうすることが、国にとっても国民にとってもプラスになるというコンセンサスがあるんですね。日本でも現在、受刑者1人当たり、年間270万円くらいの税金が使われているんです。今、行刑改革に向けて、いろいろと議論がなされていますが、一部の人権派の人たちは、とにかく塀の中の自由を増やせの一点張り。かたや当然のことながら、受刑者にはもっと厳しくしろという意見もある。どうも、両極にぶれて、議論が噛みあわないんですね。「獄窓記」を出版して以来、法務省や国会からお呼びがかかって、意見を述べる機会をたびたび設けていただいているんですが、そんな中で僕が話すのは、「受刑者には、自由な処遇よりも、充実した処遇を」ということです。再犯者が5割以上という日本の刑務所の現状を考えれば、再犯防止につながる、あるいは社会復帰につながる矯正プログラムをしっかりと確立して、刑務所の中で社会への足がかりをつかませることが大切だと思います。

有村:アメリカは、基本的に、仕事を見つけてからでなくては出られないんですよ。

山本:なるほど、その話はくわしくお聞かせいただきたいですね。

有村:私みたいな外国人の囚人はちがうんですが、アメリカ人の囚人の場合は、刑期の3分の2を終えた時点で、「社会復帰キャンプ」みたいな所へ移動になったりと、出所するまで何段階かあるみたいです。

山本:日本の更生保護施設みたいなものですね。

有村:でも、そういう所は、規則もさらにゆるいじゃないですか。だから、せっかく刑務所からキャンプに移れたのに、そこで麻薬を手に入れて、刑務官に隠れて吸ったりして、たった一日で刑務所に戻されたりする囚人もかなりいるみたいでした。

山本:日本の更生保護施設は民間の法人が運営しています。更生保護施設の役割は、出所者を就労の場につなげることなんですが、国からの補助金は微々たるもので、どこの施設も相当厳しい運営状況のようです。だから、すぐに職に就ける可能性のある、若くて健康な人しか受け入れてくれません。知的障害者は、絶対に駄目。じゃあ、福祉施設はというと、前科のついた障害者には日本の福祉は非常に冷淡ですからね。結局、彼らに対する支援は行政のシステムとしてはないんです。それでは、彼らは出所後どうなるか。男性の場合はホームレス、あるいは、中軽度の知的障害者の男性だったら、福祉よりもよっぽどやさしいヤクザ組織がリクルートしてくれる。まあこれは、皮肉ですがね。それから、中軽度の女性は、売春組織に……。本当に悲しい現実です。

有村:中軽度っていうのはどのくらいですか?

山本:会話はできるけど、ピントがはずれてくる。ただし、すごい才能を持ってたりもするんです。

有村:だったら、アメリカの受刑者もみんな中軽度かも。

山本:さらに、知的障害者とみなされるレベルよりもIQは高いが、ピントがずれているっていう人たちもいて、それは発達障害といわれるカテゴリーに入ります。去年の秋の臨時国会で発達障害者支援法が成立しましたけど、自閉症だとかADHDだとかLD、こうした障害の人たちについて、教育・医療・福祉・就労の場での理解を深めていこうという法律です。実は、この発達障害者の人たちが、世界中の刑務所に、けっこう入れられているんじゃないかなと思っています。

有村:アメリカの刑務所も、高校を出ていない人が多いので、高校卒業の資格を取るというのがけっこう大きな目標になっていました。それで、私は勉強を教えてあげたりもしてたんですけど、小学校レベルの足し算とかが、どんなに丁寧に教えてあげてもわからない人がとても多かった。

山本:それは、発達障害の可能性もあると思いますね。それにしても、僕が服役して驚いたのは、日本社会の中に読み書きのできない人たちがいっぱいいたという事実です。最近、障害者が被告人になっている刑事裁判に関わる機会が多いんですが、被告人のなかには、小学校にも行かずに、小野田さんとか横井さんみたいに山の中で生活していた人もいますね。

有村:それは親御さんが隔離してたり、ということなんですか?

山本:うーん、たとえば近親相姦でできた子供が幼いときに山の中に捨てられて、そのままなんとか1人で生き延びてきたとかね。そんな信じられないような話が、近代国家日本の中にたくさんあったんです。僕は議員時代、もっともらしく福祉政策について語ったりしていましたけど、現実はぜんぜん見えていなかった。ですから、議員当時の自分に対する贖罪意識もあり、それが今の活動につながっているんです。

有村:そういう身寄りのない人って、昔なら、ヤクザに取りこまれていたのかもしれないですね。アメリカだったら、それがギャングになるんだと思う。母親しかいなくて、その母も麻薬中毒で、子どもはギャングになるしかないみたいな人は、それこそアメリカには普通にいますよ。

山本:確かにそういうこともあります。ついこの間、知的障害者の男性が何の証拠もないままに強盗犯として逮捕されて、自白の強要、というよりも単純な誘導尋問に乗ってしまい、誤認立件されるという事件が起きました。懲役7年を求刑されたあとに、たまたま真犯人が捕まったので、その知的障害者の無実が判明したんです。真犯人が現れなかったら、彼は今ごろ、刑務所の中ですね。警察や検察の取り調べのいい加減さ、これも大いに問題ですが、一方で、彼がこれまでどうやって生きてきたのか、そんな生い立ちを知ると、また違う問題も浮かんできます。私生児として生まれた彼は、おばあちゃんに預けられていたんですけど、学校にはぜんぜん行っていない。読み書きもできなければ、1+1の単純な計算もできない重度の知的障害者です。おばあちゃんが亡くなったあとは、1人でたくましく生きてきたんですね。人との会話はほとんどできないし、お金の計算もまったくできないけど、野草を採って上手にてんぷらを揚げることもできる、おいしいカレーもつくれる。そんな彼は、当然、重度の知的障害者と認められていて、障害者年金もおりていました。ところがその年金は、彼には入っていなかったんです。障害者年金の通帳は、別の人物が管理していました。その人物というのは、ヤクザまがいの人間で、要は障害者年金を騙し取っていたわけです。調べによると、同じような目的で、他にも5人の障害者を囲っていたようです。実は、こうしたけしからんやり方をしている例は、日本全国、枚挙にいとまがないんです。天涯孤独な障害者を食い物にする犯罪行為ですね。ところが、そういう人たちに行政の手は差し伸べられていない。刑務所に入ってわかったんですけど、日本には住民票がない人間がたくさんいたんですね。

有村:アメリカの囚人の場合、まず圧倒的にまともな教育を受けていない人が多いようでした。移民の囚人の人などは英語がほとんど話せない人も、かなりいました。ただ、今思い返せば、ある種の「知能に関する障害」を持った人は多くいたかもしれないですね。

山本:最近、アメリカでは福祉のことを「ウェルフェア」って言わなくなったそうです。日本ではまだ行政も政治家も、福祉という言葉を英訳するときに「ウェルフェア」を使っていますが、アメリカでは「ヒューマンサービス」と言うようになったんですね。ヨーロッパではかなり前から、福祉は「ウェルフェア」ではなくて「ソーシャルサービス」なんです。なるほどと思いますね。本来「福祉」というのは、人や社会に対するサービスなんですよ。既存の制度の枠内でものを考えるんじゃなくて、ニーズを探して、そのニーズに応えなければならない。が、これまで行政や政治が見てこなかったニーズは、日本国内にたくさんある。結局、日本では、狭義の意味の「ウェルフェア」しかやられてこなかったんですね。

編集部:刑務所体験が、山本さんの人生を変えてしまったみたいですね。

山本:でも、まだまだ社会復帰の道半ば。今の僕は、これまでお話したように、福祉や行刑の現状を変えたいという思いで活動していますが、この問題についてある程度の道筋をつけなければ、自分の受刑生活が終わらないような気もしているんです。でも、目途がついたらまた違うことをやるでしょうね。福祉の道で食べていくという選択肢もありますが、それは直接的ではないにしても、また税金をいただく仕事になります。僕は、税金から支出される秘書給与を不正に流用した人間ですから、もうそういう立場になってはいけないと思っているんです。

編集部:有村さんの中では、刑務所体験はどんな変化をもたらしたんでしょうか?

有村:私は、自分が刑務所に入るような人間だなんて、本当に思ってもみなかったんです。ましてや、FBIに逮捕されて、アメリカの連邦刑務所に収監されるなんてね……。しかも、同じ囚人仲間は、本物のギャングやマフィア、銀行強盗とかの筋金入りの人ばかりだし。でも、そういう人とでも友達になっていくと、その人なりの理由があるってわかる。やっぱりアメリカの場合、黒人やラテン系の有色人種だと、本当に仕事がない。それに、生まれた時から、親兄弟もふくめて、周りの人が全員ギャングだったり。犯罪者しか生きる道がなかったっていう人が、本当に多かった。日本人の私からしたら信じられない世界だったけど、でも、刑務所に入らなければ、そういうアメリカの現実を肌で知ることもなかったと思います。あと、私だってそうなんですけど、何もしていないのに、恋人や友人の罪を被せられて有罪になったって人が本当に多かったですね。クレジットカードを貸しただけで共犯にされてしまったりとか……。

『獄窓記』著者 山本譲司さん
山本:それは本当にこわいですね。実は僕、『獄窓記』を書いているときに気づいたんですけど、受刑者の人権問題とかっていろいろ言われていますが、人権意識がいちばん麻痺していたのは自分たち受刑者だったんじゃないかと。自分の人権にいちいち頓着していたら、気が狂いそうになる。それが刑務所というところでした。でも、その人権感覚と同時に、自分の人生を反省するという意識も希薄になっていたんではないか。『獄窓記』を書くなかで、そう思いましたね。そして『獄窓記』を書き上げたことによって、ようやく受刑生活を総括できたという感じがしました。ですから僕も、出所して8か月ほどで「自分の中で何がどう変わったのか」と聞かれても、判然としてはいなかったと思います。

有村:私は、刑務所を出てすぐに『プリズン・ガール』の執筆を始めたのですが、刑務所の中で友達になった囚人の中には、懲役50年以上の人とかもいて、ほぼ死ぬまで出られないわけです。本を書きながら、そういう友達のことを思い出すと、とてもやりきれない気持ちになりました。アメリカの刑務所は確かに日本とくらべると自由かもしれないけれど、懲役は重いし、恐ろしい面もものすごくあります。それに、裁判制度にも問題が多いと思いますし。これは私の囚人仲間が言っていた言葉ですけど、やっぱり「刑務所は哀しいところ」なんです。刑務所には、囚人の哀しさがいっぱい詰まっている。それは、犯罪を犯して収容されたわけだから、仕方がないことではあるんですけれど……。私自身、アメリカの刑務所で体験した「哀しさ」は、たぶん一生、自分の身体に刻みこまれたままだと思います。

山本:まあ、これから人生の中で、刑務所での体験を非常に貴重な経験だったととらえるのか、あるいは、単なる人生の遠回りだったととらえるのか。受刑生活を糧にできるのか、それとも、マイナス要因にしてしまうのか。それは、今後の生き方しだいなんでしょうね。

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有村朋美 ありむら・ともみ
1977年、東京生まれ。高校卒業後、OL生活をへて、21歳の時にアメリカ・ニューヨークに渡る。ロシアン・マフィアの男性と恋人関係になったために麻薬密売組織への関与を疑われ、FBIに逮捕。24歳の時より約2年間、コネティカット州の連邦女子刑務所に収容された。服役を終え、日本へ強制送還となった後、獄中記となるこの本を書き始めた。

山本譲司 やまもと・じょうじ
1962年、北海道生まれ、佐賀県育ち。早稲田大学教育学部卒。菅直人代議士の公設秘書を務め、都議会議員を経て、国政の場へ。 衆議院議員2期目を迎えた2000年9月、政策秘書給与流用事件を起こし、実刑判決を受けた。433日の獄中生活と事件を語る本書が初の著作となる。本著で第三回新潮ドキュメント賞受賞。


『プリズン・ガール』

有村朋美
定価:1,470円(本体:1,400円)
判型:四六判
ページ数:326頁

ニューヨークに憧れ、語学留学をしていたふつうの23歳の日本人女性が、ある日、突然FBIに逮捕される。罪状は、ドラッグ取引きの共謀罪。ロシアン・マフィアの恋人が、知らぬ間に彼女のクレジットカードを麻薬の発送に使っていたのだ。州をまたいだ麻薬取引きの罪は重く、実刑は免れない。彼女は共謀はしていなかったが、相手がロシアン・マフィアと知りながら付き合っていた責任を受け止め、刑に服す決意をする──。

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『獄窓記』

山本譲司 著
定価:1,575円(本体:1,500円)
判型:四六版上製
ページ数:391頁

秘書給与流用事件で実刑判決を受けた元衆議院議員・山本譲司の獄中記。事件への悔悟、残してきた家族への思慕、恩人への弔意、人生への懊悩。獄窓から望む勇壮なる那須連山に、幾重にも思いを馳せる。そして著者はある決意へと至る。

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