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「王様のブランチ」(TBS系、2005年12月10日(日)放送)のブックナビのコーナーで『幸福ロケット』は筑摩書房・松田哲夫さんにこう紹介された。
――「幸せの涙がこぼれる本!」
2年前に第十六回すばる文学賞新人賞を『笑う招き猫』(集英社)で受賞して以来、『はなうた日和』(集英社)、『凸凹デイズ』(文藝春秋)など話題作を出しつづけ、2005年11月に『幸福ロケット』を上梓。北上次郎氏にデビュー作から注目され、「この作家は間違いなく大きくなる」と言わしめ、大森望氏など本読みのプロからの支持も厚い。
読者の気持ちを暖かく包む小説を創作する作者の根底にある思いとは?
『幸福ロケット』の舞台である葛飾区お花茶屋にある喫茶店にて、お話を伺いました。 |
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| 「葛飾区郷土と天文の博物館」の前にて |
『幸福ロケット』の生まれたところ
東京の下町を舞台にした小さな恋の物語に感動の声が続々と届いている。
この物語はどのようにして生まれたのか?
――『幸福ロケット』の舞台がお花茶屋なのはなぜですか?
山本幸久氏(以下略)
大学を卒業して入った内装会社時代に一度来たことがあるんです。布団屋のリフォームの現場監督をするために初めてこの街にきました。もう15年も前のことです。街の名前に強さがあって、駅を降りると商店街があって、大きくもなく小さくもない住みやすそうな町。夕方になると子どもたちが走り回って、僕にはとても魅力的な街に思えた。その印象が強く残ってました。それでいざ小説にしようかなと思って、地図を広げてみると色々とまた想像を広げさせるものがあった。小説を書くのに場所としての旨みがある。隣町の白鳥にはプラネタリウムや天文台のある“郷土と天文の博物館”、お花茶屋には、小さな図書館がある。ここに住んでるとここには自転車でいくかな、とかこの銭湯に行くかな、とか、この駄菓子屋は絶対行くだろう、とか地図を眺めているうちに、物語の核が出来ていきました。
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| お花茶屋商店街にある謎の遊具 |
――お花茶屋には内装会社の仕事以来、行ってない?
いや、僕は小説の舞台の町には必ず行きます。行ってカメラを片手にまずは歩きます。多いときは百数十枚と撮ります。一応現像はしますけれど、ほとんど見返すことはないですね。あくまでメモ程度です。あまり書き込み過ぎてもいけないと思っているので。お花茶屋も商店街や図書館、郷土と天文の博物館、と歩きながらとても魅力的だと思いながら歩きました。今日は久々に来て、物語に登場した書店がなくなっていることにちょっと驚きましたが。
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| お花茶屋書店の看板 |
――主人公が五年生というのは?
子どもと大人の境界、みたいなものを描きたいというイメージがはじめからあったんですね。子どもから大人になるときに、必ずなにがしかの“別れ”を伴うと思うんです。僕の中にそういう風景がある。六年生だと卒業式という別れでみんな同時になってしまうのを、人より少しだけ早く大人への一歩を踏み出す主人公の姿を書きたかったから、五年生にしたんだと思います。今、思えばですけどね。書いている時は自覚してなかったかもしれない。
――脇役たちが魅力的だという声がとても多いのですが、キャラクターの造形について教えてください。
最初からキャラクターを決めすぎずに書くように心掛けてます。書きながら、変わっていくので。だから僕の小説では、はじめ悪役のつもりで出した人物が最後にはいい奴になってたりする。基本的に僕は頑張っている人を見て、頑張りたくなってしまう人々を描くのが好きなんですね。『幸福ロケット』では“コーモリ”に主人公・香な子はもちろん、周囲の人間も影響を受けていく話になりました。僕自身も自分で厳しく律するというよりは、誰かが頑張っているのを見て、自分もやんないと、と思うタイプなので。
――プロット(あらすじ)はつくりますか?
『幸福ロケット』に関して言えば、ほとんどつくってないです。お花茶屋が舞台であること、不幸な女の子と幸せな男の子が出会う話、というのが漠然とあって、途中がなくてラストシーンのイメージはあるという状態で書き始めました。途中のエピソードは実はかなり自分の中でボツにしています。主人公・香な子が人を見てるタイプなので傍観者にならないように、他の脇役に喰われないように、気をつけながら書き進めました。主人公を物語の狂言回しにしてると、主人公は何をやりたいのか、がわからなくなってくることがたまにあるので、香な子の行動にはずいぶんと気を遣いましたね。
――悩んだところはありますか?
コーモリにどこまで言わせるか? ですね。最後の方のシーンでコーモリが香な子に自分の気持ちを伝えるところがあるんですが、あそこまで言わせるかどうかはずいぶん悩みました。小学五年生というリアリティを考えると普通は言わない。でも“別れ”の前には絶対言わなきゃならない、一歩大人になるためには。書いているうちにコーモリなら言える、言うはずだ、という感じがしてきたので、思い切って言わせました。
――テーマはありましたか?
はじめにイメージとしてあったのは、「不幸だと思っている女の子と幸せだと思っている男の子をお花茶屋という街で出会わせたい」ということです。基本的に幸せの度合いというのは、ひとそれぞれ違うと思ってるんですが、出会いによって幸せの解釈が変わるんだ、ということを描きたかった。自分が不幸だと思っているときに、より不幸な境遇にいる人に出会って、「おれ、ハッピーだよ」とそいつが言う。そういう驚きがテーマといえば、テーマかもしれません。あともうひとつ、これは個人的なことなのですが『幸福ロケット』は自分の子供に向けて書いたようなところがあります。まだ赤ん坊なので読むのは10年ぐらい先ですが。児童書を卒業してはじめて読む小説として読んでほしいな、という気持ちが根底にありました。子どもの本のポプラ社で仕事をするってことも影響してるでしょうね。
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| 夕暮れのお花茶屋駅 |
山本幸久という人
可愛くて切なくて、思わずホロリとさせられる物語を
確かな筆力で描く著者自身のことを伺った
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| 物語に出てくる“うまい棒”のある駄菓子屋にて |
――小学五年生のときは何をしていましたか?
僕は漫画家になりたかったんです。ひとりで漫画を読んだり、描いたりしてましたね。それで別に寂しいとかは思ってなくて、事足りてる感じですね。誘われれば、友達と遊んだりもしてましたけど、あまりグループに依存するということはなかったですね。
――グループは苦手ですか?
うーん、そうかもしれない。子どもの頃から、ひとりで好き勝手にやってましたね。大人になってからも派閥とか師弟関係とか、ちょっと理解しがたい、というところはあります。でも組織が嫌いというわけではないです。内装会社を辞めたのは組織が嫌だったのではなくて、満員電車が嫌だった(笑)。ウディ・アレンの映画『アニー・ホール』の冒頭で「私は私を会員にするようなクラブには入りたくない」という喜劇俳優グルーチョ・マルクスの言葉が出てくるんですが、このセリフにとても共感します。自分を理解してるって顔で誘いかけてくるグループには所属したくない。ようはただのひねくれ者です。
――作家になったきっかけは?
奥さんにすすめられて、なんです。
――幼少の頃から作家になろうとは?
思ってないですね。漫画家にはなりたかったですけど。うちの奥さんは童話とか絵本とかを創作していて、賞に応募したりしてたんですね。その創作する立場から見ると、家で僕が担当の漫画家や漫画の話ばかりしているのが、何か我慢してるんじゃないか、と。漫画編集者やってて何か心を抑圧しているわけではまったくなかったのですが。で、自分で何か書いてみたらといわれて。いざ、書きはじめてみると、なんだか気が楽になったのは確かです。“自己治癒”まで言ってしまうとちょっと違うんですけど。自分の人生でたりなかったものを埋めるような気持ちはありますね。40歳を手前にして、人生の穴埋めを小説でしてる(笑)。
――奥さんは作品を読みますか?
ぜんぶ、読んでますね。全体の印象についてぼんやりと感想を言ってくれます。参考にして、直しを入れたりします。言っているのはここだなとか、このへんでたぶん飽きてるなとか、考えて削ったり足したりします。たしか小松左京さんも貧乏なときに奥さんを喜ばせるために書いたのが『日本アパッチ族』だと聞いたことがあります。横溝正史も奥さんに読ませてたと聞きました。
――話は変わりますが、漫画編集者であるということが小説に影響を与えていますか?
それは圧倒的に繋がっていますね。漫画編集者が漫画家との打ち合わせでやることのひとつにネタ出しがあります。漫画家によっては3人とか4人とか編集者がついて、延々とあーでもない、こーでもない、あれはどーだ、これならどーだ、とやるわけです。小説を書くときは頭の中でそういう打ち合わせが行なわれている感覚です。ここは読者が飽きてるぞ、意外性が必要なんじゃないか、リアリティを考えるとおとしどころはこのあたりか、とか気分としては漫画の打ち合わせと変わりませんね。
――もしかして山本さんには編集者は必要ない?
そんなことはないです。これは逆説的になってしまうかもしれませんが、僕は自分の作品を自分だけのものだとは思えないんですね。編集者のものでもあり、装丁家のものであり、売ってくれる営業さんのものであり、書店さんの担当者のものであり、読者のものだと思ってるんです。自分でも不思議なんですけど、ひとりで書いている段階ですでに誰かのものという感覚があります。その誰かのうちの重要な一人として編集者は必要です。
――自分の作品だという意識はない?
ないことはないですけど、とても希薄だと思います。「自分の作品」と言うこと自体に気恥ずかしさを感じる。『幸福ロケット』にかかわっているうちのひとりですね、感覚としては。それはもちろん面と向かって悪口言われれば「なんだ、コノヤロー!」とは思うかもしれませんけど(笑)。理想としては自分の何かを埋めるものであり、読者を満足させるものであるというのが一番ですね。
――最後に山本さんにとって、“幸せ”とはなんですか?
難しいなぁ。「それでも未来がある」ということだと思います。世の中を見回せば、辛いことや哀しいことはいくらでもある。それでも僕たちは生きなければならないですよね、未来に向かって。その未来を笑顔で過ごすためには、与えられたチャンスを生かすことができるかどうか、一歩足が出るかどうか、コツなのではないかと。諦めるのは簡単です。香な子にとってはコーモリがいたからそれができた。この小説が香な子にとってのコーモリのように誰かのすくんだ足を一歩でも未来に向かって踏み出す手助けになるのなら、とてもうれしいことです。それが僕にとっての幸せのイメージです。
――今後のことを教えてください
小説すばると別冊文藝春秋で連載が始まります。小説すばるでは家族のことを書きたいと思っています。別冊文藝春秋では会社のことを書こうと思っています。一話目は会社に来なくなってしまった部下を迎えにいく上司の話です。あとは『笑う招き猫』が文庫になります。あとがきをラーメンズの片桐仁さんが書いてくれました。そちらも併せて読んでいただけると嬉しいです。そっちの方が面白いぐらいです。これは予定も何もないのですが、作家としていつか千枚、二千枚の大長編を書いてみたいと思っています。何を書くのかは決まっていませんが、出版に関する話かもしれません。漫画編集者として、雑誌がふたつ休刊の憂き目にあっているので、もしかしたらその話かも。
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| 未来に向かっていくのだ |
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山本幸久(やまもと・ゆきひさ)
1966年5月31日、東京都八王子市生まれ。89年、中央大学文学部史学科卒業。内装会社勤務を経て編集プロダクション勤務。2003年『笑う招き猫』にて、第16回小説すばる新人賞受賞。他の著作に『はなうた日和』(集英社)、『凸凹デイズ』(文藝春秋)がある。2月にマガジンハウスより『男は敵、女はもっと敵』を刊行予定。 |
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