鹿島 僕が好きなパリの界隈はいろいろあって、それぞれの良さがあるから、どこか一ヶ所だけ選ぶのはむずかしいけれど、いつも必ず訪れるのはサンジェルマン・デ・プレですね。

ドラ それはやはり自分で何度も足を運んで、ほかの界隈と比べたりするうちに、だんだんと一番好きな場所になるわけでしょう?

鹿島 そうですね。そもそも僕がどうしてこんなにパリに詳しくなっちゃったかというと、1984年に一年間滞在したとき、パリ中の古本屋を全部歩いて回ったからなんですよ、一軒残らず虱潰しに。

ドラ そうだったんですか?!

鹿島 そのおかげでものすごく詳しくなってしまった。というのも、パリの古本屋って、いつ行ってもたいてい閉まっている(笑)。何度も足を運ばなきゃならないんですね。その古本屋探しの過程で発見したのが、ドラさんの新刊にも出てきますが、九区の良さですね。

ドラ そう、そうなんです! 街並みがロマンチックで、居心地のいい快適な所です。古いパリだけど、マレ地区のように立派な建物が建ち並んでいるわけじゃなくて……。

鹿島 19世紀前半に開けた住宅地ですね。当時の芸術家たちが集まり始めた界隈を、不動産業者が「ヌーベル・アテンヌ(新しいアテネ)」という名前を掲げて開発したんです。ジョルジュ・サンドとかショパン、リストらも住んでいた。あのあたり、いいですよね。

ドラ 後にユーゴーやデュマもそこに住みましたね。

○歩いてこそわかるパリ


ドラ 古本屋めぐりは、もっぱら徒歩でしたか? それともバスや地下鉄で?

鹿島 ほとんど歩きでしたね。その後の滞在でも、地下鉄の回数券を一切買わずに歩いてばかり。向こうに住んでいる友人も驚いていました(笑)。

ドラ じつは私も皆さんに徒歩をお勧めしているんです。パリという街のサイズは、歩いて見て回るのに向いている。例えばシャンゼリゼからバスティーユ、モンマルトルからモンパルナス――いずれも歩ける距離なんですね。乗り物に乗らずに散策すれば、自分なりの発見も多いし、昔のパリの面影もより豊かに感じられますね。

鹿島 例えばベネチアは街全体が古いけれど、パリはそうではない。そこが面白いんですね。古いものが残っていて、その一方で新しいものもあって、その両者のブレンドが絶妙ですね。

ドラ 鹿島さんが住んでいたのは、パリのどのあたりですか?

鹿島 パリの南西に隣接するブーローニュ・ビアンクール市なんですよ、不幸にも(笑)。

ドラ それはちょっとかわいそう(笑)。

鹿島 北半分は、パリ16区の続きで高級住宅街なんだけど、僕がいたのはルノー本社のある南の方。そこのアパルトマンに一年ちょっと住んでいました。ところが、当時は味気なくてつまらないと思っていた公共施設――例えば市庁舎や郵便局の建物などが、実はル・コルビュジエと同時代の建設家たちによって1930年代に建てられたもので、今では近代建築の歴史的なモニュメントとされてるんですよ。

ドラ そういえばパリの街を散歩していると、建物の壁面にプレートが掲げられているのをあちこちで見かけますね。「アポリネールがここで暮らした」「へミングウェイがここに住んでいた」などとあって、目をやりながら歩くだけで勉強になります。


○町暮らしの楽しみ


鹿島 マレ地区では、「これは17世紀の柱なんですよ」とみんな自慢気に口にしたりしますよね。

ドラ 15世紀の梁とか。サン・ポールの辺りですね。

鹿島 サン・ポール教会と言ったらカトリーヌ・ド・メディシスの時代、16世紀に建ったものですからね。だから、家の内装の改造や手入れ、修繕といえばフランス人の十八番。

ドラ 建物は古いままで、内装を自由にいじることができるのは良い習慣ですね。

鹿島 ドラさんのこの本にも出てくるけれど、4区のオテル・ド・ヴィル、パリ市庁舎の前にはBHV<ベー・アッシュ・ベー> というデパートがあって、地下一階と地下二階には工具類だけでなく、ありとあらゆる日曜大工グッズが売られています。

ドラ そうそう。本当になんでもある。

鹿島 フランスでは、たとえばトイレのふたとか、よく壊れるんですよ。これが(笑)。下手な座り方をするとバリッと割れてしまう。そうすると、部屋を明け渡すまでに自分で直して弁償しなければならないわけです。なおかつ、かつてのパリは家具付きのアパルトマンが多かったけれど、最近では、家具もなければ内装すら施していないアパルトマン・ヴィド(空っぽの部屋)、電灯すらついていないような安い部屋が増えていますからね。

ドラ その方が自分らしい住まいを整えることができる。そういう貸し部屋、私、大好きです。

鹿島 だから、それに当たったら、しょうがないから壁のペンキ塗りから何もかも自分でやらなくちゃいけないわけで――。

ドラ いえいえ、しょうがないからやるんじゃなくて、自分のペースで自分の好みの部屋にするのが楽しいんですよ、壁や天井の色から何もかも。本棚を自分でつくったり。友だち同士で週末にやったり、最近では女性でも日曜大工を楽しむ人が多い。

鹿島 工務店や職人に頼むと、材料費と手間賃のほかに間接税もかさんで高くつくという理由もあるんでしょうね。
ドラ あれをどうしよう、これをどうしよう、とプランを練るだけでも楽しいし、友だちを呼んで一緒に日曜大工をやったあとにホームパーティーをしたりするのも楽しいですよね。ホームパーティーといえば、通貨統合以降の物価高の影響で、パリの人はかつてほど頻繁にレストランで外食をしなくなりました。その代わりに増えたのがホームパーティー。ピクニックも流行っているんですよ。

鹿島 へぇー、そうですか。

ドラ 2、3年前からの傾向ですね。食べ物は持ち寄り式。でもシャンペンを開けるなど、ちょっぴり張り込んだピクニックをするんです。とはいえ場所代がかからないから安くつくし、自由にくつろげますし。ピクニックの流行は、町の新しい使い方といえるでしょうね。人気の場所は、パリ中心部ならサン・ルイ島の辺りやポン・デザール付近、7区のシャン・ド・マルス公園。周辺部なら19区のビュット・ショーモン公園など。自分なりに場所を探すのも楽しみのひとつですね。ところで鹿島さん、今、パリに住むとしたらどこがいいですか? やっぱり六区ですか?

鹿島 6区もいいけど、生活に便利なのは15区ですね。

ドラ そういう定評がありますね、全然面白くないエリアなんだけど(笑)。

鹿島 そうなんです。歴史的記念物ゼロ。特筆すべきことは皆無ですね、この区は。でも物価は安いし――。

ドラ 広々とした雰囲気が快適だし。

鹿島 安全だし、友だちも住んでますが、すっごくいい所。住みやすそうですよ。

ドラ なぜか15区って日本人が多いですよね。16区も。

鹿島 16区には裕福な日本人が多い。

ドラ 個人的には、どちらもやはり趣や面白みに欠けるエリアだと思いますけどねぇ。16区はいわゆる「BCBG(ベーセー、ベージェー)」と呼ばれるお上品で保守的な高級住宅街だし。

鹿島 確かにそうなんだけど、パッシー広場(16区)に <コクラン・エネ> という老舗のサロン・ド・テがあってね。どのテーブルにも、おめかししたブルジョワのおばあさんしかいない店なんですけど(笑)。そのおばあさんたちの会話に耳を傾けていると、すごくきれいなフランス語なんですよ。われわれが学校で習ったようなフランス語なの。今の若い子が話すフランス語は速いし、スラングだらけでわからないんだ、僕らには。

ドラ だから16区が好きだったりして。言葉がわかるから(笑)!

鹿島 そうそう、そうなんです。この区はフランス語がよくわかる。だからいい街なんだ(笑)!


割を食うのは文学者!?

鹿島 面白いのは、通りの名前。日本人には結構なじみのあるフランスの作家や詩人の名前が、とんでもない場所に使われていたりする。12区を歩いていたときに、「シャルル・ボードレール」という通りを発見したんですよ。ところがそこは、ボードレールに縁がないばかりか、さして特徴もない、どうでもいい通りでねぇ。かわいそう、って思った(笑)。

ドラ 知りませんでした。それは面白い。通りの名前って、いったいどうやって決めているんでしょうね?

鹿島 ウェイティング・リストがあるらしいですよ。名前に空きが出ると上から順に使っていくらしい。

ドラ 通りの名前って変わることもあるんですよ。セーヌ河岸のルーブル通りは、あるとき突然、大統領の名前を取って「ミッテラン通り」になっちゃった。

鹿島 政治家の優先順位が高いみたい。やっぱり警察に捕まったことのあるような文学者はダメなんですね、いくら高名でも(笑)。ボードレールとかランボーでもね。「ギュスターブ・フローベール通り」だって17区の端っこの、どうでもいい所にある。それだってやはり本人とは縁もゆかりもない。

ドラ それは変ですね!

鹿島 「アレクサンドル・デュマ通り」も、もうどこにあったか忘れるくらい、何てことない場所にあった(笑)。片や、いい通りをもらっている文学者もいますよ。例えばヴィクトル・ユーゴー。

ドラ そうですね。「バルザック通り」も、シャンゼリゼと交差しているし。

鹿島 アナトール・フランスも、セーヌ河岸の通りの一つをもらっていますね。
文学史におけるポジションとは全然関係ないんだな(笑)。

ドラ 科学者は文学者よりも尊敬されているかも。カルチェ・ラタンのある5区には、自然科学者の名前が多いですね。「ピエール・エ・マリー・キュリー通り」や「ビュフォン通り」がある。

鹿島 「キュビエ通り」とかね。最近では、通りの名前や壁面のプレートのほかに、史跡・旧跡を簡単に説明する盾形の看板もよく見かけますね。

ドラ フランス人は歴史好き。教養としての歴史というより、とにかく古いものが好きなんですね。住宅やアパルトマンも古い物件に人気がある。17、8世紀の建物に住むのも珍しいことではありません。
鹿島、日本と違って、建物が古くなっても壊さずに、内装だけ替えてずっとそのまま使おうという考え方ですよね。
ドラ 街を歩くにせよ、住むにせよ、フランス人はその場所にまつわる物語や、それが醸し出す趣を重んじるんですよ。

(了)

鹿島茂
1949年、横浜市生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。共立女子大学文芸学部教授。専門は19世紀フランスの社会生活と文学。91年『馬車が買いたい!』でサントリー学芸賞、96年『子供より古書が大事と思いたい』で講談社エッセイ賞、99年『愛書狂』でゲスナー賞、2000年『職業別パリ案内』で読売文学賞を受賞。

ドラ・トーザン: Dora Tauzin
エッセイスト。生粋のパリジェンヌ。ソルボンヌ大学、パリ政治学院卒業。NHKテレビ『フランス語会話』にレギュラー出演。慶應義塾大学講師を経て、現在、東京日仏学院などで講師を務めながら、日本とフランスの架け橋として、各方面で活躍する国際ジャーナリスト。主な著作に『ドラが見つけたパリのインテリア』(ギャップジャパン)、『生粋パリジェンヌ流スタイルのある生き方』『生粋パリジェンヌ流モテる女になる法則』(共にソニーマガジンズ)、『パリジェンヌ流おしゃれな自分革命』(飛鳥新社)などがある。http://www.doratauzin.net/

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