――お二人はそれぞれどんなきっかけで文楽を観るようになったんでしょうか。


三浦 大学で、民族芸能や伝統芸能を学ぶ学科を専攻していたため、授業の一環で鑑賞したのが最初でした。そのときは本当に睡魔との闘いだったのですが、終盤、人形が火花を吹く場面を目にして――文楽にはそうした仕掛け人形の登場する演目がたまにあるんですけど――、すっかり度肝を抜かれてしまったんです。って、まるで娯楽のまったくない国で育った子どもみたいな感想ですね(笑)。それで観に行くようになったんです。

酒井 私が観始めたのは三十を過ぎてからでした。仕事で京都へ行ったとき、「ギオンコーナー(京都伝統芸能館)」という施設を訪れる機会があったんです。日本文化をおもに外国人観光客向けにダイジェストで紹介するところで、日本舞踊や雅楽など各ジャンルの生のパフォーマンスが約一〇分ずつ紹介される中に文楽もありまして、たまたま「八百屋お七」(『伊達娘恋緋鹿子』(*1))のワンシーンを観たんですよ。人形遣いは若手の方で、義太夫も生ではなくテープの音声だったんですが、その人形を見て、衝撃というか、魂をわしづかみにされるような感覚を受けました。「あ、これはすばらしい!」と感じ入って、東京でも観るようになったんです。

三浦 そのときは人形が美しいと思われたんですか?

酒井 人形って絶対、人間にはできない動きをするじゃないですか。そのお七を見て、自分の気持ちが人形の中にガッと入っていくような感覚を覚えたんですね。たぶん先入観がまったくない状態で観たからそう思えたのかもしれませんが、それまでほかの芸能を観ていてそういう感じを受けたことはまったくなかったので、びっくりしました。

三浦 それは櫓に上る場面ですよね?

酒井 そうですね、はしごで。


――「八百屋お七」をご存知ではない方のために少し説明をお願いしましょうか。

三浦 その場面でお七の人形がどういう動きをするかというと、はしごで火の見櫓に上るんですけど、生身の役者ならはしごを上るのは簡単です。でも、三人の人形遣いが動かしている美しい人形を、どうやって客席に背中を向けてはしごを上らせ、きれいに見せるか――想像すると非常にむずかしいですよね。だって遣い手たちは通常は基本的に人形の背後にいて、人形の首や両手や両足を三人で分担して動かしている。その人形が背中を向けてはしごを上るとなると、客席からは人形遣いのおじさんたちが居並ぶ姿が丸見えになってしまうわけです。しかし、ここで人形遣いさんたちは驚くべき技を見せるんですよ。その技がいかなるものかは秘密です(笑)! いずれにせよお七は、はしごを上る途中で、生身の人体では不可能な動きをする――イナバウアー並みにのけぞるんですけれども、酒井さんはその場面を最初にご覧になったわけですね。

酒井 そうです、髪を振り乱しながら狂乱する場面ですね。


文楽の快感

三浦 そのときの印象を酒井さんは今、ほかの芸能にはない衝撃、とおっしゃいましたっけ?

酒井 歌舞伎の場合は演じるのは生身の役者ですから、その人間の中に自分の魂のようなものが入っていくというのはむずかしいんですけど、文楽では木偶なので――これって差別用語? ちがうか(笑)――、それが可能なのかも。三浦さんはそれを「器」と表現していらっしゃいますが、その器の中に自分を入れることができる。想像を通じて、観ている自分も肉体的な快感を感じることができるじゃないですか。

三浦  はい、はい。

酒井 それが私にとってはいちばんの魅力なんですけどね。

三浦 すごくよくわかります。文楽を観ていて何が楽しいって、やっぱりそういう瞬間があること、自分の心や感情が人形にまるっきり同化してしまうところが面白い。生身の役者さんにはなかなかそこまで感応できないですよね。これはどういうことなんでしょうね。

酒井 人間が演っていると、その人なりの個性なり、巧拙なりがまず如実に現れますよね。「なるほど」とか「きれいだ」、「さすが!」などと感じさせられはしますけど、文楽の場合は人形に自分の気持ちを投影することができて、そこが違いますよね。

三浦 生身の役者さんの演技からはどうしても、生身ゆえの体臭みたいなものが出てくる感じもしますよね。

酒井 男の人形にも同じような感覚をいだきますか?

三浦 それがですねー、わたしの場合、グッと引っぱられる感じを覚えるのは、女の人形に対してなんですよ。そうですね、これまで考えてもみなかったけど、もっぱら女の人形に、ですね。

酒井 あ、やはり。わたしもそうなんです。三浦さんは時代物(*2)がお好きなので、とすれば、仇討ちするような男の役柄に気持ちが入っていくのかなーと推測してたんですけど。

三浦 時代物の人気テーマに身代わり物がありますよね。演目もいくつもあって、たとえば忠義に生きる侍が、主君の子どもを助けるために自分の子どもを殺させるように仕向ける――、

酒井 「寺子屋の段」(『菅原伝授手習鑑』(*3)とか。

三浦 そうなんですよ。「寺子屋」を観ていて、途中まで松王丸は「あぁー、嫌なヤツ!」だったのに、クライマックスで「来たー、泣かされたー!」って思ったんですよ(笑)。でもそのときは人形の中に入っていくような感覚はまったくなくて、筋立てに泣かされている感じでした。ただ、時代物でも『本朝廿四孝』(*4)の一場面で、筍を掘ったりする――、

酒井 雪が降ったりしますね。

三浦 そのちょっと前の場面で、幼いわが子が門の外に置き去りにされていることに、家の中にいる実の母親が気づくんですよ。自分の子どもが表で泣いている。当然、母親はわが子を家の中に入れてあげたいんだけど、入れちゃいけないと言われる。でも、ついにガッと扉を開けて子どもを抱き上げるシーンがあるんですね。大切にそっと抱き上げるんじゃないんです。我慢に我慢を重ねてからのアクションなので、まるで子どもの首が折れてしまいそうな勢いでガッと抱きしめるんですね。私はその場面を見る度に、気持ちがその母親に一体化してしまうんですよ。

酒井 号泣ポイントですね。

三浦 「可愛い坊や~」みたいにゆっくりとやられたらダメだと思うんですよ。

酒井 ガッという勢いに――、

三浦 もうグワーッとくるんですよ。なので、時代物でも女性の登場人物に感情移入するというか、魂が吸い取られちゃうことはあります。

酒井 そうですよね、対象はやっぱり女の人形になるんだなあ。

三浦 思うに、文楽の物語を成り立たせている仕組みとして、この芸能は女性のそうした健気さを書くようにできているんじゃないでしょうか。なので、男性の観客が女の人形に同化するということも、案外あり得るのかもしれません。

酒井 こうであったらいいな、みたいな男の側の願望みたいなものはあるかもしれないですね。

三浦 それとも、文楽好きな男性の観客も感情レベルで男の人形に同化するんでしょうかね。自分の魂と男の人形の魂がごっちゃになるみたいな衝撃の瞬間が、男の人にも訪れるんでしょうか。

酒井 腹をかき切ってからもくどくどと生きつづける、みたいな役柄だと、男の人の魂も乗り移るかもしれませんね(笑)。

三浦 おれの腹まで痛くなってきた、とかって(笑)。

酒井 いつまでこうやって死ねずにいるんだオレは、とかね(笑)。

文楽に登場する男たち

三浦 ところで酒井さんは世話物(*5)のほうがお好きなんですよね?

酒井 そうなんです、私は三浦さんの嫌いな心中物とかが大好きで。なんで嫌いなんですか(笑)?

三浦 私、ああいうウジウジしたのがイヤなんですよー(笑)。

酒井 でもそれを言うなら文楽は全体的にどれもウジウジしてません? まぁ確かにとりわけ心中物は、男の主人公が弱くて、情けなくて、ウジウジしてますけどね。

三浦 ああいう男の人はタイプですか(笑)?

酒井 いや、ただ、好きな男の人に殺されるっていうのはいいんじゃないかと思ったり(笑)。

三浦 究極の恋の成就として。

酒井そうですね、好きな男に自分を殺させるという人生の最期ですね(笑)。

三浦 女が男を殺す話はありましたかね、心中物で?

酒井 並んで首をくくっちゃう話が何かありませんでしたっけ? 『曾根崎心中』(*6)でも男が女を殺しますけど、これって女の側には「してやったり感」があると思うんですよ、「殺させてやったぜ!」みたいな(笑)。

三浦 「これでもうこの人は私の呪縛から逃れられない」みたいな(笑)。『桂川連理柵』では、主人公の男に昔、心中し損ねた過去があることが判明しますが、男はコリもせず年下の女に手を出しますよね。個人的には私はやっぱりあんな優男に殺されたくない(笑)! 時代物に登場する男のほうが好きです。

酒井 確かに、時代物に出てくる男性のほうが、男としての魅力はありますね。

三浦 ワイルドな魅力みたいなものがあります。

酒井 きっとそういう男は心中なんかしなかったんでしょうね(笑)。

三浦 女にかかずらう前に、自分の腹をかき切ってますよね、絶対(笑)。心中物の中では何がお好きですか?

酒井 やはり、『曾根崎心中』でしょうか。

三浦 主人公の女の子、お初が可愛いですよね。

酒井 最後、殺される場面でお初が客席に背中を向けてるじゃないですか。その瞬間、彼女はどういう表情をしてるんだろう、と想像するのが好きなんですよ。たぶん目を開けてたんじゃないかと思うんですね。徳兵衛の目を見ながら殺されるんだろうなぁ――って、われながらすごい妄想をしてますね(笑)。

三浦 美しい場面ですよね。八百屋お七と同様、お初の人形が客席に背を向けて、これもまたイナバウアー並みののけぞりを見せる。で、男の人形がのしかかるようにして重なり合い、幕――という場面ですが、そのときに女の人形の顔が客席から見えないのは、確かに想像力をかき立てられますね。

酒井 確か最初のうち、徳兵衛は非常に躊躇して、なかなかお初を刺せずにいるんです。このままでは夜が明けてしまう、みたいなことになって。

三浦 最後まで優男は優柔不断ですからね。

酒井 お初がお経とかを唱えだして、で、いつ刺すんだっていうことになって。たぶん、彼女が目を閉じてお経を唱えているうちは、徳兵衛は刺せなかったんじゃないかなーと思うんですよ。

三浦 あぁ!

酒井 で、カッと目を開いた瞬間に刺したのかなー、と。

三浦 なるほど、そうかもしれないですね。

酒井 いつかそんな機会でもあれば是非そうしようと思ってるんですけど(笑)。

三浦 そう考えると、心中物の男は優しいですね。

酒井 悪い方向に優しく出るタイプですね(笑)。わりと今風ですよね、男としては。--それに対して時代物に出てくるような男の人って――。

三浦  今、実際にいたら迷惑でしょうね(笑)。ただ、昔も、家庭では縦の物も横にしないような、なおかつすごくワイルドな人って、ある意味、男性としての理想像だったと思う。当時だってあんな男はなかなかいなかったと思うんですよ。

酒井 理想像だったからこそ、お芝居にまでなってしまったんでしょうね。

三浦  そうですね。現実の男性のあり方により近かったのは、世話物の優しい男たちだったという気がします。で、世話物に出てくる優男を地でいく現実の男たちの方は、「俺ももしかしたら可愛い女の子と心中できるかも」などと思っていたかも。彼らにそう思わせるために浄瑠璃や芝居にしたんじゃないかと想像してるんですよ。

酒井 ほんとは心中したかった(笑)! でも確かに、こういう事件というのは、虚構の世界から影響を受けて連鎖したりするじゃないですか。

三浦  あまりにも心中物の芝居が流行った結果、現実でも心中事件が多発したことがあったらしいですね。それでお上がその手の演目を上演禁止したこともあったようです。たしかにあれを見たら、いつか俺だって遊女と!という気になりますよね(笑)。

酒井 ひとりで死ぬよりは!とかって(笑)。

三浦  ひとりで死ぬ勇気のない男はやはりそう発想するでしょうね(笑)。そう考えると世話物の男は、いとしいですよね。

酒井 より現代に置き換えやすいキャラクターですね。 ――同じ演目の同じ人形でも、演者が違うと異なった印象を受けることがあると思いますが、気になる演者、お好きな演者はいますか?

酒井 人形遣いなら桐竹勘十郎さんが好きですね。

三浦  私もです。

酒井 私は勘十郎さんを「部長」とお呼びしてるんですよ。

三浦  (爆笑)ほんとにそうですよね!

酒井 なんか、「部長」みたいなルックスをされてますよね、それも電通の部長みたいな(笑)。

三浦  ご存じない方のために申し上げると、すごくかっこいい方なんですよ。とても真剣に、息を詰めて人形を遣うから顔が赤くなったりして、「あ、ほろ酔いかげんの部長みたいな顔色に……」という瞬間がありますね(笑)。

酒井 私は、人形遣いさんと人形を同時に観るので、遣っている人があまりにも役柄からかけ離れていたりすると、ちょっと、こう、入っていけなくなるところがあるんですね。なので、時代物の男の人形を勘十郎さんが遣っていると、あ、すてきだな!と思います。

三浦  歌舞伎では女形専門の演者がいますが、文楽の人形遣いは、男女どちらの人形も遣うんですよね。私も、勘十郎さんを観るなら男の人形を遣うときのほうが好きです。よく、「人形遣いの顔が消える瞬間がある」と言われるじゃないですか、「それほど人形が生き生きと見えることがある」と。でも、あれってウソだと思いませんか?

酒井 私は、ないですね、それは。

三浦  私もないんです。だって人形遣いの方の顔は、どうあろうとも人形の顔よりデカく(笑)、厳然としてそこにあるじゃないですか。それが消えて見えるっていうのは――。

酒井 すごい集中力だなーと思いますよね。

三浦  そんなことはあり得ないというか、少なくとも私はまだそう思えたことはないんです。先ほど酒井さんは、「人形の役柄とあまりにもかけ離れた演者の顔があると、ちょっと」とおっしゃいましたけど、私にはそのギャップがまた、たまらないんですよ(笑)。

酒井 ギャップ好きなんですね(笑)? 人形遣いの方は、たとえば人形が堂々と歩く場面だからといって、自分も堂々と歩いたりしない――人形遣いは演技しないじゃないですか。

三浦  人形遣いは基本的には常にニュートラルで一定ですよね。

酒井 でも、人形とつい同調してしまって、それが微妙に表われてしまう人がいるじゃないですか(笑)。

三浦  います、います(笑)!

酒井 私、そのへんを見るのも好きなんですよねー(笑)。

三浦  思わず人形遣いの方の表情が人形と同じようになってしまう瞬間って、楽しいですよね。私、桐竹紋寿さんって大好きなんですけど、彼、たまにそういう表情が出ているときがありますよ。

酒井 なるほど。女になってるわけですね(笑)。

三浦  眉間のしわが、ほんのすこーし険しくなっているときがあって、それがまたたまらないんです(笑)。


(了)


(二〇〇七年六月九日 青山ブックセンター本店)



*1『伊達娘恋緋鹿子』
八百屋の娘お七が、恋人の命を助けるために、自分が火刑になるのを覚悟で火の見櫓の半鐘を打って木戸を開かせる。この櫓のはしごを上るところが見どころ。

*2時代物
作品の舞台の設定が江戸時代より昔の物語。

*3『菅原伝授手習鑑』
菅原道真と藤原時平の対立を題材にした時代物。そこに松王丸をはじめとする三つ子の兄弟を絡めて親子の情愛や夫婦愛、恋愛を描く。

*4『本朝廿四孝』
武田家と上杉家の争いを描く。恋愛、家族、ファンタジー、ミステリー、さまざまな面を持つ荒唐無稽かつ魅力的な物語。

*5
世話物
作品が書かれたのと同時代である江戸時代を舞台にした物語。

*6『曽根崎心中』
遊女お初と恋仲の醤油屋の手代徳兵衛が、別の娘との結婚を断ったことから窮地に追い込まれ、お初とともに曽根崎の森で心中する。「心中物」流行のきっかけをつくった作品。


三浦しをん(みうらしをん)
作家。1976年、東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。2006年『まほろ駅前多田便
利軒』(文藝春秋)で第135回直木賞を受賞。2000年、書き下ろし長篇小説『格闘す
る者に〇』でデビュー以来、小説もエッセイもともに人気をほこる。近刊に『風が強
く吹いている』『きみはポラリス』(ともに新潮社)など。

酒井順子(さかいじゅんこ)
コラムニスト。1966年東京生まれ。立教大学卒業。2004年、「負け犬の遠吠え」で第
4回婦人公論文芸賞、第20回講談社エッセイ賞をダブル受賞。世相を的確にとらえな
がらもクールでシビアな視点が人気を集める。近著に『女子と鉄道』(光文社)、
『京と都』(新潮社)『先達の御意見』(文春文庫)など。