すてきな 地球の果て

第1回 果てしない南極海の氷原で

 2009年12月15日、ついに南極大陸から張り出す定着氷が目の前に迫ってきた。この光景を目にするのは2度目になる。
 海に浮かぶ氷と言えば、知床あたりで冬に見られるオホーツク海の流氷を思い浮かべるかもしれない。けれど、「定着氷」はもっと分厚くて、まだ見ぬ水平線の向こうにある南極大陸の沿岸に、定着して動かない氷である。流氷のように割れた氷がプカプカと漂っているようなたたずまいではなく、一見すると、ただの陸地のようでしかない。

 


 オーストラリア・フリーマントルを出港して16日目のことだった。
 暖房がしっかりと効いた砕氷船「しらせ」の部屋の中は、薄手の長袖一枚でも十分に暖かい。はやる気持ちを抑えながら、フリースと薄手のダウンを着込み、ヤッケを羽織る。ネックウォーマー、毛糸の帽子、サングラスと手袋を装着し、甲板に続く廊下を急いだ。

 

 甲板に出ると、頬にひんやりとした空気を感じるが、思っていたほど寒くはない。おそらく気温はマイナス10℃くらいだろう。すぐ目の前には青く光る巨大な氷山がそびえ立ち、ビッシリとした氷の海が水平線の向こうまで果てしなく続いている。頭上には雲一つない晴れ上がった白夜の深い青空がどこまでも広がっていた。太陽があたり一面の氷や雪で反射してとても眩しく、サングラス無しでは目を開けていられない。
 2年前にも一度来たはずなのに、いざ来てみると、その記憶をはるかに越えている。やはりここは圧倒的で信じ難い世界だ。

 

 しらせは氷を割って定着氷の中に入り込み、船体を固定して、いったん停泊した。
 船が停まると、辺りは一気に静まりかえり、胸の鼓動が聞こえる。青と白しか存在しない世界に、私は嬉しくて叫び出したい気分だった。 
 しばらくすると、はるか遠く水平線近くの巨大な氷山のあたりに黒い点が動くのが見え始めた。それは、列をなしてこちら側へ徐々に近寄ってくる。アデリーペンギンの群れである。40~50羽はいるだろうか。
 双眼鏡をのぞき、様子をジーッと観察していると、時折立ち止まりながらも、明らかに船に向かって進んできているように見える。


 さほど時間がたたないうちに、群れはすぐ目の前までやってきた。こちら側に興味を持って、少し不思議そうに近づいてきているのがわかる。
「グワーッグワーッ」
 彼らに向かって大きな声で鳴き真似をしてみると、彼らも呼応するように、
「グワーッ」
と鳴き、スピードを上げて走りよってくる。何の警戒心もない彼らを見ると、心が一気にほどけていく。
 そうこうしているうちに、しまいには船の真横でみんな身体を休めてしまった。立ったまま毛繕いするものもいれば、ゴロンと腹這いになって氷の上で寝てしまうものもいる。陽を浴びた胸の白い羽毛が反射し、驚くほどキラキラと光り輝いている。
 ある一羽が突然走り出すと、打ち合わせをしたかのように、他のみなもいっせいに動き出した。氷縁に向かって、みな氷の上をぎこちなく走ったり、腹這いになってフリッパー(ペンギンで言うところの翼)と足を動かしながら橇のように滑ったりして進む。そのまま氷縁から順々にジャンプして、水しぶきを上げながら海の中へ飛び込んでいった。
 氷上での、あんなにもぎこちない動きからは想像もつかないほど、弾丸のように俊敏に自由自在に泳ぐ姿が、深い蒼色の透明な南極海の水越しに見える。一羽が水の中から勢いよく氷の上に飛び乗ると、その他のアデリーペンギンたちも次々とジャンプして海から上がってくる。何度かこんな行動を繰り返し、また氷の上で群れになって身体を休めていた。

  ふと、遠くの方からまた他のペンギンの鳴き声が聞こえた。
 その瞬間、それまでのんびりと休んでいたアデリーペンギンたちが少しザワつき出した。ある一羽が立ち上がって周囲をキョロキョロ見回し、先ほどの声に呼応するように鳴き声を出した。
 すると、今度はまたそれに呼応するようなタイミングで、先ほどの鳴き声が再び遠くから聞こえた。明らかに何か会話をしている。
 しかし、どうも遠くから聞こえる鳴き声に違和感があった。確実にペンギンの鳴き声ではあるのだが、目の前にいるアデリーペンギンのものとは少し違い、低音なのである。

 

 声のする方向へ目を凝らしてみると、小さな黒い点が遠くに一つだけ見える。ゆっくりと近づいてくるその黒い点の姿が、徐々にはっきりとしてきた。
 一羽だけでノソノソとやって来たそのペンギンは、アデリーペンギンよりもはるかに大きく丸々としており、胸元とクチバシには鮮やかな黄色とオレンジ色の部分がある。コウテイペンギンだ。


 
 コウテイペンギンとアデリーペンギンは何度も鳴き声で呼応し合い、場所を確かめ合っているようだった。
 コウテイペンギンはどんどん近寄ってきて、なぜだかわからないが、アデリーペンギンたちもコウテイペンギンの元へ移動し始めた。そして、ついに彼らは合流し、声は聞こえないがお互い立ち上がって向き合い、何か会話を交わしているように見えた。本当に道ばたで世間話でもしているような雰囲気で、その様子を見ていると、今にもヒソヒソ声が聞こえてきそうだった。
 なんと不思議な光景だろう。まるでおとぎ話の世界に迷い込んでしまったかのような気分になった。2種のペンギンがこんな野生の中で、こうやって並んで触れ合うような瞬間があるなんて。いったいどんな会話をしているのだろうか。

 

 それにしても、並んでみるとより一層、それぞれの大きさの差が目立つ。
 アデリーペンギンは体長約60~70センチ、体重約5キロでわりと小さいが、かたやコウテイペンギンの体長は約110~130センチで、体重は25~40キロもある。立ち居振る舞いもなんとなく貫禄があり、どっしり悠然としている。


 
 そうこうしているうちに、コウテイペンギンは再び腹這いになり移動し始めた。すると、またもや不思議なことに、アデリーペンギンたちがその後をついていくように行進し始めたのである。

 

 途方もなく広がる青と白だけの世界の中、大きなペンギンが先頭に立ち、小人のようなペンギンの群れを率いていくその光景は、もはや時間も空間も越えた幻想的で壮大な物語を見ているようだった。
 そんな光景を見ていると、いつまでも決して飽きることはなく、時間が経つのを忘れてしまう。まるで旅人同士が互いに情報交換をするかのように見えたあの瞬間は、何を意味するのだろう。何より、こんなにも果てしなく広がる南極海の氷原の、単なる一つの点に過ぎないようなこの場所で、彼らが偶然に出会ったこと、そして、そんな彼らと私たちが偶然にも出会ったこと、すべてが本当に不思議でならなかった。単なる奇跡という言葉だけでは片付けられない何かが、そこにはあるような気がした。 

 

 私にとって、ホッキョクグマもそうなのだが、ペンギンのような氷の世界に棲む生きものは、ある種、空想の中に存在する動物だった。
 だから、そんな空想の世界の動物が、まさに今、自分の目の前に立っていることが信じられなかった。が、私が生活しているのと同じ時間に、確実に彼らもここで同じように生を営んでいる。

 

 あまりにも捉えどころのないこの空間の広がりを前にすると、私はただただ感嘆し、ひれ伏すことしかできない。けれど、今、目の前にいるペンギンたちは悠々と、何の気なしに動きまわり、エサを採り、ただひたすらに生きている。
 そのただ生きているということ、それだけのことなのに、私はそこに強く惹きつけられ、憧れとともに圧倒的な生命の輝きを感じるのだ。

 


 2年前に初めて南極に来た時、無限の世界の広がりというものを強烈に感じた。
 それまで、世界のどこかへ旅に出るには飛行機を使って行った。南極でさえ、飛行機を使えば、天候にもよるだろうが数日ですぐにたどり着ける。
 
 19歳の夏、私はペルーを旅した。京都から東京へ出て、成田空港を出発してからアメリカで2回飛行機を乗り継ぎ、途中、機内で6時間ほど待たされたりもしながら、48時間くらいかかって旅の入り口となるペルーの首都リマに到着した。
 最初は、やっと着いたか、という気持ちだったのだが、預けたザックを受け取り空港の外に出た瞬間、戸惑ってしまった。確かにそれは長い時間ではあったが、すぐ目の前に飛び込んできた熱気溢れる異国の景色と匂いは、あまりにも突然過ぎたのだ。自分が移動してきた距離に、心が完全についてきていないと感じた。
 世界というものは、限りなく広がっている存在であったはずなのに、突然それが頭の中で理解できてしまうほどに現実的で限りあるものになってしまったような気がして、なんだか無性に淋しくなったのを覚えている。

 

 けれど、初めて来た南極は、定着氷縁にたどり着くのでさえ、オーストラリア・フリーマントルから2~3週間。さらに、ここから時間をかけて分厚い氷を割って進まなければ、大陸まで到達できない。氷状によっては定着氷縁からさらに2週間以上もかかることがある。
 それまで私の人生の中で、船に乗って海を旅するといえば、長くともせいぜい丸1日程度、フェリーに乗るくらいのものだった。
 フリーマントルから南極大陸沿岸まで、1か月もの時間をかけて移動するなんて、効率的に物事を進めることを考えるならば、今の時代には決してそぐわないことなのだろう。が、やはりそれくらい時間がかかって来てみて、やっと、この土地にやって来たという実感が湧くのだと思った。

 


 フリーマントルを出港してすぐに、あたりは360度、何一つ見当たらない大海になる。船はひたすら南へ南へ進むのだが、周囲にはずっと果てしない大海原が、ただただ延々と広がっているのである。まるで、世界の中にこの船だけがポツンと取り残されてしまったような気分で、ひどく不安で孤独を感じるような、 けれど、この上ない最高の自由を得たような気持ちにもなる。

 

 周囲に何も見当たらない海をゆくと言っても、ただ同じような海がひたすら続くわけではなく、その海の色、頭の上を吹き抜ける風の匂いと冷たさ、空を飛ぶ海鳥の種類と数、様々なものが日々刻々と変化していく。
 しかも、決してゆったりとした航海ではない。南極大陸の周りには地球を一周する海流があるため、南極海には常に暴風が吹き荒れている。そして、南極大陸を取り囲むこの暴風が、まるで障壁のようになっていて、生きものたちが南極大陸へ侵入するのを大きく拒んでいる。おかげで、氷海に入るまでは船が激しく大きく揺れ続ける。

 船室に置いている荷物や椅子はすべてロープや金具でしっかりと固定し、机には滑り止めマットを敷く。私のベッドは過去2回とも二段ベッドの上だったので、船の揺れで床に転げ落ちてしまわないよう壁に貼り付くようにして寝た(余談だが、1度目は先代しらせの南極航海最後の隊で、2度目は新生しらせの処女航海の隊だった)。
 夜中じゅう、床に落ちてしまわないように無意識のうちに身体に力を入れて固定しているせいか、確実に眠りは浅くなっているのが自分でもわかる。
 初めての航海では、なんと船が43度まで傾き、荒れ狂う南極海の凄まじさを身をもって体験することとなった。その時の荒れ狂う海と波はまるで刻一刻と姿かたちを変える壁のようで、私には初めて海というものが自分の意志を持った生きもののように見えたのだった。

 

 幸い、私は船酔いをしない体質のため気分が悪くなることはなく、いたって平気なのだが、もちろん船酔いをする者が続出する。船酔いする人達の多くは、体調が優れない状態が航海中ずっと続くようだった。自分の部屋から出て来ることさえできず、食事をとれなくなる者もいて、見ていて可哀想になってくる。
 ただ、私もあまりに揺れが激しくなると、物理的にパソコンで作業をしたり本を読んだりできなくなる。けれど、船酔いをする人からすれば、そんなことは論外なのだろう。ある時、椅子から転げ落ちない程度の揺れの中で読書をしていると、そんな私の姿を見ているだけで気持ちが悪くなってくると言われたこともあった。

 


 ある朝、船が揺れなくなったと思い外へ出ると、海には流氷がポツポツと浮かんでいた。横から差す光が氷の海に映り、とても美しい朝だった。
 それまで空を悠々と滑空していたワタリアホウドリやオオフルマカモメ、マダラフルマカモメはもうどこにも見当たらなくなり、ナンキョクフルマカモメや真っ白なユキドリが海面近くをヒラヒラと舞っている。
 暴風圏という壁を抜けると、突然、そこはこれまでとはまったく違う世界で、本当に異次元に迷い込んだのではないかと疑いたくなる。
 海は一面鏡のように静まり返り、空の色が信じられないほどに透き通っている。と同時に、これまで自分が見ていた空は、灰色がかった黄色っぽいフィルターに覆われていたことに気づかされる。

 

 南下していくうちに、どんどん夜が短くなっていき、いつの間にか夜がなくなってしまった。とうとう、太陽が一日中支配する世界に入ったのである。
 徐々に氷が増え白い世界になっていくが、依然として陸地が見えることはない。
 こうやって時間がかかりながら、船は南極大陸に近づいていく。

 

 効率的ではない南極への旅路は、心をどこかに置いていってしまうことはない。
 日本にいると、時間に追われる生活をしているせいか、どうしても合理的に物事を考えてしまい、南極へ出発する前は飛行機で行きたいと思ってしまうことも少なからずある。けれど、いざ、果てしない氷原が広がる光景を目の当たりにすると、船で来てよかったと心から思うのである。そして、船を使った南極行は、 やはり世界とは無限の広がりを持ち、現実的な感覚で捉えることができないものであることを、嫌がおうにも私に実感させてくれるのだった。

 


 ちょうど定着氷に突入する2日前の12月13日、私は誕生日を迎えた。
 今のところ、南極へ来るときはいつも、南極海の氷の上で誕生日を迎えることが続いている。だいたいその日から太陽は沈まなくなり、それから1か月以上もの期間にわたって白夜が続くので、毎回なんとなく感慨深いものを感じる。
 日本の南極観測隊が、毎年11月末に南極へ向けてオーストラリアを出航するという日程や、船を使った運行スタイルを変えない限り、今後もちょうど南極大陸に到着する寸前に私はいつも誕生日を迎えることになるのだろう。
 これから私は、何度この光景を見ることができるのだろうか。

 

   深夜、といっても白夜の明るい夜、海と氷が一面、鏡のように空を映し出していた。
 水平線を転がるオレンジ色の太陽が、海と氷の世界に深い影を作り出し、世界を強く際立たせている。氷原と鏡のような水面が太陽に照らされ、青色とピンク色とオレンジ色が混じり合う幻想的な淡い青紫色の世界になった。


 南極海の刺すような冷たい風の中、時折、羽ばたいていく海鳥の羽が美しく輝き、その光景に言葉を失い、ただただ心を奪われ見とれていた。


 時の流れが止まったかのような、南極海の初夏の夜だった。

プロフィール

田邊 優貴子(たなべ・ゆきこ)
1978年、青森市に生まれる。2006年、京都大学大学院博士課程退学後、2008年、総合研究大学院大学博士課程修了。植物生理生態学者。博士(理学)。
小学生の頃、偶然テレビで目にした極北の映像に大きな衝撃を受ける。以来、まだ見ぬ土地への憧れが募り、大学に入るとバックパックを背負って世界中を旅するようになる。大学4年生のとき、極北の大地への想いが高じて大学を休学。真冬のアラスカを訪れ、ブルックス山脈麓のエスキモーの村で過ごす。それ以後もアラスカを訪れ、極北の大地に完全に心を奪われたのがきっかけとなり、極地をフィールドにした生物学者に。 2009~2011年にかけて国立極地研究所に勤務。現在は、東京大学大学院新領域創成科学研究科・日本学術振興会特別研究員。2007~2008年に第49次日本南極地域観測隊、2009~2010年に第51次隊に参加。2010年夏には北極・スヴァールバル諸島で野外調査を行う。2011年11月25日、第53次隊として3度目の南極へ出発した。
この南極滞在期間中に、Webナショジオで「南極なう!」連載中。
http://nng.nikkeibp.co.jp/nng/article/20111124/291528/
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