すてきな 地球の果て

第0回 はじめに

 私が生まれ育った青森という土地には、十和田湖や十二湖をはじめとする美しい湖が数多くあり、静かな湖にボートやカヤックを浮かべて漕ぎ出すと、いつも心が穏やかになった。それはこどもの頃から今に至るまで、ずっと変わらない感覚である。
 
 今から14年前の3月、高校卒業を目前に控えた私は、青春18きっぷを購入して、親友と列車の旅に出かけた。目指した先はサロマ湖。青森で育ったものの、当時の私にとって北海道の東に位置するサロマ湖は未知の遠い世界。
 たどり着いたサロマ湖は、とにかく広大で、一面真っ白だった。氷と雪に覆われた湖面を自由に歩き回ることができ、本当にこの下に水をたたえているのだろうか、ととても不思議に思った。見たところただの地面のようなこの下に、自分の知らない別世界が広がっている。様々な想像が頭の中を駆けめぐり、空想かおとぎ話のような出来事がこの湖面のふたの下で繰り広げられているような気がした。
 その頃には思いもしなかったのだが、今では南極の湖の世界をさぐることが私の楽しみとなり、仕事になってしまった。


 
 私は今、国立極地研究所というところで、南極や北極、日本の高山に生きる植物の研究をしている。そんな研究所だから、僻地にありそうなものだが、 驚くことにそれは東京・立川市にある。南極や北極の研究をしている研究所なのになぜ、と思うが、なんにせよ東京にあるのだから仕方がない。普段、私はこの極地研に勤務し、時には現地へ調査に出かける、という生活をしている。
 これまで、幸運にも2度、南極の調査に行く機会を得ることができた。1度目は2007年11月~2008年3月にかけて(第49次日本南極地域観測隊)、2度目は2009年11月~2010年3月にかけて(第51次隊)である。
 
 あまり知られていないことかもしれないが、南極には様々なタイプの湖がある。
 驚くほど透き通った、少し水色がかった蒼い不思議な色の水。
 氷河で削れた土砂が流れ込む、美しいミルキーブルーの水。
 その下に広がる、神秘的な世界。
 晴れた風のない日、湖上を手漕ぎボートで進むと、その瞬間、自分の世界に存在する音は、オールが水をかく音だけ。オールからこぼれ落ちる雫が水面で幾つも滑ると、その姿はまるではしゃいでいるかのようで、私の心も躍る。
 人間が暮らしているのと同じ地球上に存在する、けれどそこからあまりに遥か遠いところにある隔絶された世界。湖の中だけではない。南極の大地に果てしなく広がる自然と、そこに暮らす生き物たちの生き様すべてに、私の心は完全に奪われているのだと思う。
 だから、何度でもそこへ行きたい。そして、いろんな瞬間に出合いたい。すべての季節を見てみたい。そんな気持ちが私を極地へ向かわせているのだろう。


 
 南極での調査が終わり、一番初めに戻ってくる場所は東京だ。あまりの大きなギャップに、しばらくは街の流れの速さについていくことができない。携帯電話や財布を持ち忘れるのは当たり前。着の身着のままで暮らしていたので、朝起きて服を着替えるのにも戸惑う。少人数で道路がないところに暮らしていたので、道で人をよけて歩くこともすっかり忘れている。おかげで簡単に人にぶつかってしまうのはもちろん、駅の中で立ち止まって電車の乗り換えを考えているうちに、人の波に押しつぶされて、いつの間にか体ごと壁にぶつかってしまうこともある。論文を書いたり、現場で取ったデータの解析をしたり、持ち帰った試料の分析をしたり、やることは本当にいろいろある。けれど、やろうとは思っているのだが、身体がそう簡単に動いてくれないのだ。小さなところでは、メールを書くという行為さえもなかなか難しい。
 
 そんな状態で過ごしているうちに、いつの間にか落ち着いて、もとの暮らしに戻っている。といっても、後々になって初めて、自分が空回りしていたことや疲れていたことに気づくだけで、その時はわずかに違和感を感じている程度だ。いや、それさえ感じていない時もある。
 4か月間の南極行きで、帰国後なんとなく調子が戻ってきたような気がするのが2か月も過ぎた頃。すっかり調子が戻ったと感じるのは半年後くらいだろうか。もちろん個人差はあるだろう。もしかすると、私は元に戻るのに少し時間がかかる方なのかもしれない。
 でも、そうなるのは仕方がないと思っている。悠久の時の流れからすればほんの一瞬に過ぎないけれど、あまりにも、人間が普段生活を営んでいるのとはかけ離れた、もうひとつの時間の中にいたのだから。

 なんにせよ、東京に戻ると本当に知らぬ間に調子が戻っているのだから面白い。そして、急激にではなく、ほんの少しずつ元通りになるというのが、また人間らしく、とても味わい深く感じる。時間はかかるが、おかげで、こうやって東京でも日々を暮らすことができているのだと思う。


 
 こどもの頃から、極北の大地や風景(南極は南だが)に強烈な憧れを抱き続けてきた。それは、未だにどこから来たものなのかさっぱりわからない。けれども、私の中にはいつの間にか、とにかく北へ北へ、そして、遠くへ遠くへ行ってみたいという思いがあった。
 大学院の博士課程時代、私と同じように北の自然への憧れと、まだ見ぬ遠くの世界へ行ってみたいという思いを抱きながら生きてきた友人に出会った。彼もその時、南極へ行こうとしており、初めて話した際に、こんなことを言っていた。
 
「遥か昔、南から北を目指した民族がいたのだろう。そして今、なんだかわからないが北へ行きたいと思う人々は、その子孫なのかもしれない」と。
 
 そうなのかもしれない。これは一部の人間が持っている本能みたいなもので、だからこそ、太古の昔から人間は絶え間なく旅を続け、こうやって今、地球上のあらゆる土地で生きているのだろう。
 私の、北へ、そして遠くへ行ってみたいという思いは、完全に衝動のようなものだ。だから、私は生まれながらにしてそう思ってしまう人間なのだろう。そう考えればすべて納得がいくような気がした。
 
 大学時代、バックパック一つ背負って世界中を旅して回った。ペルー、アンデス山脈、カナダ、アラスカ、北欧、ラオス、チベット、エチオピア……。 様々な土地を様々な季節に訪れた。
 とにかく自分の足で、見たこともない場所に行って、匂い、音、温度、湿気、色、風の流れ、世界の広がり、季節の移り変わり、全部を自分の体で知りたかった。
 おかげで、曲がりくねった道を通り、大きく回り道をすることになった。けれども、自分が焦がれて止まない、圧倒的な広がりを持った自然の中で、純粋な気持ちで生物の研究ができるようになった。

 

 

 この連載では、これまでに私が見た地球の果てに広がる自然と、そこに息づく生命、心震えた瞬間、少し変わった私の人生の「旅」について綴っていきたい。


 しばし一緒に「旅」をしましょう。

 そして、この「旅」を愉しんで頂けたら、それはなんて素敵なことでしょう。

 

プロフィール

田邊 優貴子(たなべ・ゆきこ)
1978年、青森市に生まれる。2006年、京都大学大学院博士課程退学後、2008年、総合研究大学院大学博士課程修了。植物生理生態学者。博士(理学)。
小学生の頃、偶然テレビで目にした極北の映像に大きな衝撃を受ける。以来、まだ見ぬ土地への憧れが募り、大学に入るとバックパックを背負って世界中を旅するようになる。大学4年生のとき、極北の大地への想いが高じて大学を休学。真冬のアラスカを訪れ、ブルックス山脈麓のエスキモーの村で過ごす。それ以後もアラスカを訪れ、極北の大地に完全に心を奪われたのがきっかけとなり、極地をフィールドにした生物学者に。 2009~2011年にかけて国立極地研究所に勤務。現在は、東京大学大学院新領域創成科学研究科・日本学術振興会特別研究員。2007~2008年に第49次日本南極地域観測隊、2009~2010年に第51次隊に参加。2010年夏には北極・スヴァールバル諸島で野外調査を行う。2011年11月25日、第53次隊として3度目の南極へ出発した。
この南極滞在期間中に、Webナショジオで「南極なう!」連載中。
http://nng.nikkeibp.co.jp/nng/article/20111124/291528/
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