第一回「余はいかにして超教育ママとなりしか」

バイリンガルってなに?

 「ダニエル、どこ?」
 息子がぬいぐるみを探している。と間髪を入れず、お姉ちゃんが、
 「あきら、《ダニエル》はフランスのお名前でしょ。おばあちゃん、わからないでしょ。ちゃんと日本語のお名前で《とらちゃん》って言わなくちゃ」
 夏に東京の実家に帰っていたときのことだ。「ダニエル」が日本名で「とらちゃん」になるとは知らなかったが、これも「日本語で話しているとき、フランス語の名詞を混ぜてはだめ、ちゃんと日本語で言い直しなさい」としつけている結果かと思うと、また誤解を生むような修正をあわててするわけにもいかない。
 子どもたちの父親はフランス人だ。私たちは普段はフランスで暮らしている。学校も幼稚園もフランス語だが、母親の私が日本語で話しているので、子どもたちは両方を話す。
 というと、「わー、いいな、すごーい、うらやましい」と、たいていのひとが言う。子どもの頃に外国語を母国語のように自然におぼえてしまって、苦痛な勉強をしないでペラペラしゃべれるようになっちゃったら、いいな、得だな。誰でもそう考える。

 「頭のよしあしは関係ありません。並の頭脳でも子どものときから自然に覚えれば、必ず2言語や3言語、操れるようになる」と、私もいつだったか誰かに聞いた。「それが証拠に、アフリカの人たちは誰でも、部族語を4つも5つもしゃべる上に、学校でならった英語だのフランス語だの操るじゃありませんか」
 子どもたちがバイリンガルなのは、ごく自然なことのように、実は私もふるまっている。「うらやましいね」と言われると、つい誰でも、「運がよかっただけですよ」といいたくなる。それに実際、私が日本語で話しているだけで、たしかに子どもたちは面白いように日本語がしゃべれるようになった。他の日仏家庭にきいても、たいていの幼児はフランス語と日本語を両方理解する。

 しかし、自然なのはここまでだ。ほんとうのことを言うと、自分がバイリンガルの子どもを育てる段になってはじめて分かったことなのだが、ことはそう簡単ではないのである。5つの部族語が日常的に飛び交うようなアフリカのどこかならいざ知らず、フランス語支配の強いこの国で日本語のできる子どもを育てるのは、ぜんぜん自然なことじゃないのだ。
 家庭を一歩出たら圧倒的にフランス語。子どもにとっては世界そのものである学校では誰も日本語をしゃべらない。両親そろって日本人ならまだしも、我が家は父親がフランス人、日本語は話すがちょっとむずかしくなるともうだめなので、家庭の言葉もフランス語になりがちだ。両親とも日本人の家庭にしたって、フランス生まれ、フランス育ちの子どもたちは、どんなに賢くても、学齢に達したが最後、日本人学校に入れるというような特別な努力をしない限り、年齢が上がるに従って日本の同年齢の子と較べて実力が見劣りしていく。
 両親の海外滞在にともなって何年かフランスで過ごすだけの、いわゆる「帰国子女」は、そういう意味では一番、バイリンガリズムの恩恵を得ることができるように思える。とはいえ、こちらはこちらで、外国で過ごした時期に幼すぎたり、滞在期間が短かったりすると、滞在中は流暢だった外国語のほうを、日本に帰ったあとですっかり忘れてしまう。きれいな発音くらいは保証されるかもしれないが、どちらの言葉もきちんと操れる、バランスのとれたバイリンガルに育つには、それなりに環境を整え、勉強もしなければならないのだ。

努力のバイリンガル

 ところが、そうなると世間の評価は、「うらやましい」から「そこまでしなくても」に変わっていく。
 たとえば私は、フランスの学校の休暇を利用して子どもを年に2回、日本に連れて帰り、ほんの2、3週間でも、幼稚園や小学校に通わせている。子どもたちが日本語を忘れず進歩しているのもそのおかげだと思うし、お友だちもできて、日本の社会になじむまたとない方法だ。が、学校に通わせると言うと、「たいへんですねー」という人が多い。「なにもそこまで」というニュアンスが言外に漂っている。
 休暇中に日本の学校へ通わせるのは、フランスの先生にもあまり受けはよくない。「お休みがなくなっちゃうわねえ、ミツは」などと本人には言っているらしい。それでも、面と向かって「フランス語の上達のために、日本語を教えるのはやめてください」などと言って来ないのだから、理解のある先生である。少し世代が上(60代くらい)になると、「フランス語がちゃんとできるようになるまで、日本語を教えるのはやめにしたら」などとアドバイスしてくれる人もある。ほんとうのところ、2つの言語を小さいころから同時に習得させても害がなく、頭を柔軟にするなど、むしろプラスに働く面があることが世間で認められるようになったのは、フランスでも非常に最近なのである。

 そもそも、親自体が、子どもをフランスによく同化させようとして、日本語を身につけさせなかった時代は、そう遠い過去ではない。だから、現在30歳前後の日仏ハーフでは、大学生になってから日本語を勉強したという人はともかく、子どものころから両方を自然に話すようになったバイリンガルは少ない。それが、現在20歳前後の世代になると、子どものころから親が日本語を身につけさせたバイリンガルが見られるようになってくる。
 1980年代に日本の国際的ステイタスが上がり、「日本語ができると得」と、フランス人一般が思い始めたことも大きい。「お得」感が上昇すると、周囲のフランス人の目も「子どものうちから難しい外国語が身につけられてうらやましいなあ」に変わるので、日本人の親が、「他の子どもと違ってしまってかわいそうなのでは。フランス語の習得に障害が出てもいけないし」と後ろ向きになる理由がなくなる。

 今日、フランスに限らず、外国で子どもを育てている日本人は、子どもに日本語を身につけさせようとしているほうが多数派だと思うが、小学校、中学校、と進むうちに、子どもが日本語を話さなくなる例も決してなくならない。学校の勉強がたいへんになって、日本語までは手がまわらないという理由もある。なんとか話し言葉だけは維持できても、読み書きとなると、かなり無理をしなければ、完全にだめである。考えてみればアフリカの人が部族語を5つ操れるといったって、書き言葉ではないだろう。自然に発達させただけのバイリンガルの子どもたちは、けっこうぺらぺらしゃべっているようでも、書き言葉の壁にあたればあえなく敗退する。読めない言語の実力には限界があるのだ。

 バイリンガルというのは、二言語を聞く環境に小さいころからあったからといって、自然に育つものではないのである。

母は日本語を教えたい!

 そんなにむずかしいなら、無理しないでフランス語だけできればいいじゃないか、と言う人は日本にもフランスにもいる。どうしてもというなら、日本語は大きくなってから勉強すればいいんだから。
 それも一理ある考え方だ。ただ、親はそう簡単に割り切れない。まず、もちろん日本語が将来、就職に生きるのではという実利的な動機がある。これはチャンスなんだから、なんとしても生かさなくっちゃ。フランス人らしい名前を持っていないと就職の面接に呼んでもらえるチャンスが低いのは事実なのだし、若年失業率が25%の国に住んでいると、なにか取り得を身につけさせてやらないと、子どもの将来が悲惨に思えてくるからなおさらだ。
 しかし、動機は親心だけではない。わが身の問題もある。日本語ができず、フランス語ばかりのわが子が思春期を迎えるとどうなるか。母親はけんかも他人の土俵でしなければならないから不利だ。極端なことを言うなら、フランス語があまり上手でないのに、子どもに日本語を教えなかった母親は、完全にフランスに同化した子どもに理解されなかったり、うとんじたりされる危険がある。
 現に、すでにうちの娘は、勉強させられるのがいやになると、私の発音を馬鹿にして嫌がらせを始めるではないか。「ママ、ベッドは食べられないのよ。(ベッドはlit 、米はrizだが日本語で書けば両方とも「リ」)」「鼻は走らないよ(洟が垂れているのcouleをcourtと間違えるとこうなる)」書き取りをさせようとすれば、「え、何? Bache? Vache ? あー、ママの発音悪いから、わかんなあい」
 ここは親の権威を保つためにも、子どもに日本語を覚えてもらわねばならない。
 それに…… 言葉の裏には文化がぴったりとくっついている。日本語でしか伝えられない感情があり、論理があり、非論理がある。
 5歳の息子が日本に帰ったときに、NHKの子ども番組で「じゅげむ」を覚えた。ナンセンスなフレーズだけれど、私と息子は「パイポ、パイポ、パイポのシューリンガン」と言って笑いこける。私はそういう笑いをいつまでも血を分けた子どもたちと共有したいと思う。
 そして、自分の子どもたちには、目が、髪が自分に似ているように、その考え方や振る舞いに、自分と共通したベースを持っていてもらいたい。もちろん、フランス人の父を持ち、フランスで育っている子どもたちに、100パーセント日本人になってほしいとはいわない。(だいいち、「100パーセント日本人」とはどういうことか?)ただ、私のなかに、日本の文化から来る感じ方や振舞い方があるとすれば、子どもたちにもそれを、少なくとも頭で理解するだけではなく、感覚として持っていてほしいと思うのだ。

 あなたの気持ちはわかるけれど、そのために、子どもに余計な苦労をさせるのはどうかと思う、と、バイリンガリズムに批判的なひとは言うかもしれない。日本語の習得なんて余計な苦労をしたうえに、日本人なんだかフランス人なんだか、どっちつかずになってしまう。移民やハーフの子どもは、思春期、強いアイデンティティ・クライシスを経験するというじゃないの。
 でも私はこう言いたい。では日本語のできない子どもであれば、アイデンティティ・クライシスが回避できるのか。何をどう変えても、私の子どもたちがハーフであり、母が移民であることは変わらない。うれしいことか悲しいことか、べつになんでもないか知らないが、私が日本人だということは、この子たちの現実なのだ。
だいたい子どもというものは、親に与えられた条件に守られたり束縛されたりしながら、自分なりの解決を見つけることで大人になる。中学受験させられる子ども然り、ピアノのおけいこに通わされる子ども然り。また逆に放任された子ども然り。お金持ちの子ども、貧乏な家庭の子ども…… 子どもはその条件を引き受けて、乗り越えていくしかない。
 私は子どもたちがアイデンティティ・クライシスを乗り越えるためには、むしろ日本語ができるほうがよいと思う。でも自分が絶対に正しいと言い切ることはできないし、しない。親のやったことで何がポジティブで何がネガティブかは、子どもによって答えが違う。
 日本語を身につけさせられたことを、悪い思い出としてもつか、ラッキーだったと思ってくれるか、それは未来の子ども次第だ。でも、まだ大人になっていない今のところは、お気の毒だが、母の意志に従ってもらう。

 そんなわけで、私の子どもたちは日本語を話す。「あんたはまた、超教育ママだねえ」などと、実家の父母に揶揄されながら、私は今日もまた、娘に漢字の書き方を教えている。





中島さおり(なかじま・さおり)
翻訳家。学習院大学フランス文学科修士課程修了。87年に留学。パリ第三大学比較文学科博士準備課程修了。日仏を往復しながら、98年に再渡仏。フランスに20年近く滞在。通訳、翻訳、日本の雑誌に寄稿を続ける。著書『パリの女は産んでいる』(ポプラ社)は2006年、第54回日本エッセイストクラブ賞を受賞。現在はパリ近郊で、フランス人の夫と二人の子供と暮らしている。「ふらんす」(白水社)では、フランスの社会問題を紹介する記事を連載中。


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